21 白銀の騎士様と森の家族1
ティレは、森の民と外の民の間に生まれた。
もともと森の外との必要以上の接触を避ける森の民だが、ティレの母の住む村は、その中でも特に保守的な村で、外の人間との仕事以外での交流は眉を顰められることだった。ましてや、外の人間と恋に落ちたり、結婚をするなどあってはならないことだった。だから母が外の男と想い合っていることを知った祖父は激怒した。即座に、母をその男と別れさせ、村に閉じ込めた。そして、以前から母に熱心に婚姻の申し込みをしていた同じ村の男に嫁がせることにした。キエムの父だ。ティレの母と結婚相手の男は幼馴染で、男は母のことをずっと好いていたし、母も恋愛感情ではないにしても幼馴染としては仲が良かった。狭い村の中で、今回の「事件」がなければ、自然と結婚の運びになっていたくらいには良好な関係だったと思う。男は母が外の男を想っていることを知って、それでも良いと言ったのだという。
だが、式の用意をしている間に母がティレを身ごもっていることが発覚した。
キエムの父の親族は外の人間との子どもなど薬で堕ろすべきだと主張したが、母が断固拒否した。それなら結婚はしない。子どもを殺すなら自分も死ぬと言って、食事をとらなくなったのだ。祖父は、さすがに娘と生まれてくる孫を殺すことはできず、結婚の話はなかったことにしようとしたが、結婚相手だった男が子どもごとで構わないと言って親族を説得し、予定通り式を挙げることを求めた。
日に日にやせ細っていく母に、義理の姉で親友だったホアが寄り添い、なんとかホアの用意したものだけは食べるようになった。今思えば、母は結婚相手の親族や周りの村人を信用していなかったのだと思う。皆、外の民との子を身籠ったティレの母にお世辞にも好意的とは言えなかったし、村は母にとって針の筵のようだった。ティレを無事に生むために、唯一信じられる親友であるホアの料理だけを食べたのだ。祖父にもそれはわかったのだろう。祖父は、相手の男と話をつけてティレが生まれるまで結婚を延期し、母を村から出して、森のはずれで外の仕事を請け負っていた長男のところに預けた。長男の嫁がホアだったからだ。
産み月が来て、母は無事、ティレを生んだ。すると、キエムの父とその親族はすぐに結婚を迫った。生まれるまで待ったのだから、これ以上待てないというのだ。ホアとその夫である兄は心配したが、祖父にはほかの心配があったようだ。相手側の要求通り、母をすぐに結婚させた。
結婚後、産後間もないにも関わらず、すぐに夫もその親族も「本当の子」を作るように母に詰め寄り、ティレを生んだわずか1年後にキエムが生まれた。
キエムの出産後、立て続けの出産と心労がたたったのか、母はどんどん弱っていった。ティレの記憶にある母は、いつもベッドに横になっていて、窓の外を見ていた。ティレは、義父からもその親族からも煙たがられていたので、必然的に母のベッドのそばで過ごすことが多かった。母は優しく、ティレを自分のベッドに座らせて、いつも遠い国の話を聞かせてくれた。母は兄と同じく外の民の問題を解決する仕事をしていた。弟のキエムも、ティレと同じように母に話をねだった。キエムはどんなに皆がティレを悪く言っても、母とティレが大好きだった。
母の夫は、それでも母を愛しているのだけは本当らしく、起き上がって家事をすることもできない母をそれは大事にした。母の前ではティレのことを露骨に邪険にすることもなかった。母が悲しい顔をするのを望まなかったのだろう。母も夫に愛情を持っていたのかは不明だが、感謝はしていたし、少なくともティレは、母が夫のことを悪くいっているところを見たことはなかった。
同時にティレの実の父について、母が話すこともなかった。ティレも、母の夫が実の父でないことは知っていた。自分が外の人間との間にできた「黒子」であることを物心つく頃には痛いほど理解していた。世の中には聞かなくても色々教えてくれる人はいるものだ。
村での生活は恵まれたものではなかったし、実の父について知りたいと思わなかったと言えば嘘になるが、母とキエムがいればティレはそれでよかった。
ティレが8つの時、母が死んだ。
ただベッドに寝ているだけだと思っていた母が、いかに自分を守っていてくれたのかをティレは思い知った。
母の死後、取り繕う必要が無くなった義父は、気に入らないことがあると、すぐにティレにあたった。手を上げられることもあった。食事も皆の残り物しかもらえなかった。それすらもらえないこともあった。
「この黒子が!」
それが義父の口癖だった。森の民は基本的に色鮮やかな髪と目を持っているが、外の民と血が混じると黒目黒髪になる。この保守的な村にティレと同じ髪色を持った者はいなかった。義父は同情的に捉えるなら、母のことを少年時代から心から愛していた。愛する妻を亡くしたこと、その妻には引き裂かれてもなお忘れられない男がいて、生涯自分に心を開かなかったこと。それら全てがティレの咎だと考えているようだった。ティレの顔つきが、母ではなく、おそらく会ったこともない実の父に似ているのも余計義父の気持ちを逆なでした。
父はキエムには普通の父としての愛情を注いだ。時に叱ることや当たることもあったが、殴りはしなかったので、キエムがいるときはいつもキエムがティレのことを庇ってくれた。
ご飯をもらえない時は、父のいない時間を見計らって、こっそりキエムが残しておいてくれたものを二人で分けて食べた。
ティレが10歳になったある夜、義父は新たに母親が来ると伝え、しばらくして隣村から女性を連れてきた。義父と気が合うだけあって、同じ価値観の持ち主だった。外の民との「黒子」であるティレを見ると眉をひそめた。
「なんで、自分の子でもないのにこんな汚らわしい子を育ててやっているの?」
義父は、もともとはこんな性格ではなかったのかもしれない。母のことを幼いころから一途に思っていて、ティレがいると知っても妻に望んだのだから。しかし、愛しても愛してくれることのなかった妻に先立たれた後は、すっかり荒んでいた。そこに付け込んだのが、この新しい「母」だった。
「いやあ、生まれたらかわいいもんかと思って子どもごと嫁にもらったんだが、いつもびくびくしていて辛気臭くてかわいがりようがなかったんだよ。あいつもこんなに早く死んじまうなんて思わなかったし、とんだ厄介もんを背負い込んじまったよ」
今考えると、ひどい言い草だが、その頃のティレには言い返すすべがなかった。
それを聞いて、何がおかしいのかその女は、はははと声をあげて笑った。
「まあ、家のことくらいはできるでしょ。使用人だと思えばいいのよ。ただ飯食べさせておく必要はないからね」
ティレの前で、悪びれることもなく話す二人に、ティレはこれまでよりもさらい酷い日々が待っていることを覚悟した。
隣に座っていたキエムも何も言わなかったが、ぎゅっとティレの手を握りしめてくれた。それだけが一筋の光のように思えた。
ティレが暮らしていたその家に母方の伯父であり、ホアの夫であるゼイムが訪ねてきたのはその次の日のことだった。




