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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章

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20 森の娘と常闇の森3

 それからの数日、ハインツはティレの伯父一家の力仕事を手伝ったり、キエムに剣の稽古をつけたりと、村でのんびり過ごした。騎士として働き始めてから、いやもっと前から、こんなにゆっくりしたことはなかった。もちろんクラウゼ侯爵のことは気にはなったが、ここは常闇の森だ。森の民が大丈夫だと言うのだからハインツは信じるほかなかった。

 毎日、午後はティレと例の畑で二人で過ごした。たわいもない話をして草を取ったり水をやったりするだけだったが、ハインツは幸せだった。


「俺の家は少々複雑でな。母が同じなのは姉のマルティナだけだ。父の最初の妻は、父が若い時に結婚して一番上の兄をもうけた。兄は俺と15離れているから、俺は甥っ子や姪っ子の方が歳が近いんだ。二番目の兄は隣のフラナ国出身の母を持っていて、今はフラナに渡って、その母の筋の家を継いでいる。お前のペンダントに似たものを持っているとマルティナが言っていたのが、その兄だ」


 ティレの指示に従って、雑草を抜きながらハインツはポツポツと話した。ヴァーグナー侯爵の若かりし頃の大恋愛と悲劇的な別離、そしてその後の事情はゲルグ国では有名な話だが、ティレはやはり聞いたことがないようだった。


「フラナ国。……ちょっと行ってみたいかな」


 そう呟くティレを見た。


「ああ。落ち着いたら行ってみよう。伯父上や祖父上の許可が必要だろうか」

「そうですね」


 俯いて一心に草をむしるティレの顔は髪に隠れて見えない。風で乱れたそれを耳にかけてやると、ティレが恥ずかしそうに笑った。ただ愛しかった。


 今回の件が解決して、国に帰ったら家族に事情を説明しなくてはと考えたところで、未だティレの祖父には会ったことがないことに気づいた。誰に聞いても家にいるはずと言われるが、なぜか家を訪ねる機会がない。すぐ隣なのに不思議だった。


 その日も夕暮れまでティレと畑にいた。夕食の支度を手伝うと帰っていったティレと別れてハインツは集落の周りを少し歩いてみることにした。集落には三軒の家として利用している大木のほかに畑と作業場と井戸があるばかりだったが、薬草畑を含めその周りまで不思議な明かりが飛んで薄暗いはずの森の中が明るく照らされているところを見ると、ティレの住む集落の範囲は最初に思っていたより広いようだった。

 ハインツは目的の場所に歩を進めた。一際大きな木がその集落のはずれの小高い丘の上にあるのを見て一度近くまで行って見たいと思っていたのだ。


 丘の麓まで来るとその木の脇に人影があるのに気づいた。夕暮れに浮かぶその人影は、もう見慣れた人物ーーキエムだった。


「よう!」


 ハインツは友人に会った時のように親しげに手を挙げた。

 滞在中、時折、尖った言動をとりながら意外と面倒見の良いキエムにハインツは親しみを覚えるようになっていた。聞けばまだ16だという。自分も同じ年の頃には、妙にとんがっていたものだ。

 あの年であれだけほうきを乗りこなす者はなかなかいないんですよとティレが自慢げに言っていた。親のことは聞いていないが、二人がお互いを支え合って生活してきたことは感じていた。

 最近は、お互いティレを大切に思っているものとして親近感さえ抱いていた。

 キエムも、ハインツを敵だとは思っていないようで、唯一ハインツがキエムを上回っている剣の稽古をつけてやっているときには、屈託のない笑顔まで見せるようになっていた。

 だが、今夜のキエムは違った。


 月を背にしていて表情はわからないが、纏う空気は緊張を孕んだものだった。


「伯父さんが言うには明日、騎士団が到着する。クラウゼ侯爵の兵は野営続きで森の入り口をぐるぐる回っていて、疲労も溜まっているし士気も下がっている。すぐに決着がつくだろう」


 状況から考えてハインツもそうだろうとは思った。そもそも全力で当たっても寄せ集めの傭兵が騎士団に勝てるとは思えなかった。森の民の情報収集能力を以てすれば、その辺りはお見通しだろう。


 だとしたらキエムのこの緊張感はなんなのか。


「解決したらあんたは国に帰る。もうこれ以上ティレを巻き込まないでくれ」


 そうか。それが言いたかったのか。

 ハインツは背筋を伸ばし、まっすぐキエムを見た。


「巻き込むつもりはない。ただ、ティレを愛している。共に生きていたいと思っているんだ」


 子どもだからと侮りたくなかった。これまでティレを守ってきたのはキエムだ。

 ハインツの言葉に、ふんっとキエムが鼻で笑った。


「騎士として生きられなくなっても?」


 ハインツは、ふっと息をついた。やはりキエムはいい奴だ。わかりづらいが。森の民と今のところ貴族の端くれであり、王宮に勤めている自分が一緒に生きていくのは難しい。ハインツが今の地位を捨てなければならないことを危惧しているのだ。


「森から長くは離れられないのは知っている。ティレの負担になることはしないと誓おう。君たちの村のことも力のことも誰にも決して漏らさない。漏らそうとしたら死ぬ魔法をかけてもらったっていい」


 キエムはハインツがそれを知っていることが意外だったようだ。かすかに目を見開き、口を開く前に一瞬間が空いた。


「--ティレは、あんたが自分のために何かを犠牲にすることを望まないだろう」


 出した声は、これまでより幾分小さかった。


「自分のことは犠牲にしないさ。ティレが森から離れられなくても、俺が騎士を辞めなくても二人で生きていく方法はある」


 ハインツがティレのことをそこまで理解しているとは思ってもみなかったのだろう。さらに、二人の将来が続いていくように具体的なことを考えているとも思っていなかったようだ。キエムは、目を見開いてハインツを見ている。ハインツも目をそらさずキエムをみた。


 先に視線を外したのはキエムだった。


「--森の民が皆、森から離れて暮らせないと思っているなら、それは違う。俺は、たとえ砂だらけの砂漠でも普通の人間と同じように水と食料があれば生きていける。ティレは、特別なんだ」


 どういうことだ?


 声に出さなかったハインツの疑問に答えるように、もう一度キエムはハインツを見た。


「ティレと俺は父親違いって言ったよな。--ティレの父親は森の民じゃない」


 だから、森の民としては『半端者』なんだ。ほうきも下手だし、魔力も弱い。消耗しすぎると倒れる。ティレが森の民の力を使うためには、森の力で補充する必要がある。だからティレは一生森で生きていく覚悟を決めているはずだ。どんなに森の民に鼻つまみ者扱いされようと。


 爺さんは昔は頑固で横暴だったらしくてなーー。


 続けてキエムが語ったティレの境遇にハインツは愕然とした。

 あまりのことに、拳を握りしめて俯くハインツにキエムはこれまでにない柔らかい口調で語りかけた。


「でも魔力が弱いのはあんたにとっては幸いかもな。ーーもし、ティレがあんたの望まない魔法をかけようとしたら、なんらかの方法で魔力を消費させろ」


「望まない魔法?なんだそれは」


 俯いたまま問う。しかし、今度ははっきり声に出した疑問に、キエムは答えなかった。キエムはそれ以上は何も言うつもりがないらしく、ハインツが顔を上げたらもういなかった。


 翌日、伯父の見立て通り、騎士団が森に到着したとキエムが教えてくれた。ハインツはキエムのほうきに乗り現場に向かった。ティレもついて行くと言って聞かず、危ないからとキエムと二人がかりで止めたが結局根負けして姿を見せないならと同行させた。


 慌ただしく挨拶もそこそこに出発する。


 結局ティレの祖父には会えなかった。

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