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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章

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17 森の娘に言えなかった真実

 三日後、休む間もなく王都を出発したハインツはティレと訪れた源泉近くの辺境の村にいた。早速村長を訪ねる。思いの外早い再訪に驚いた様子は見せても、快く応対してくれた。


「村長、たびたびすまないな。その後村の様子はどうだ」

「はい。井戸の水は相変わらず冷たいのですが、むしろ以前よりおいしくなったと村の者は申しております。この季節に洗濯などは苦労しているようですが。春になれば、解決するかと」


 --やはり。

 ティレが村の井戸に細工をしたというハインツの確信は深まった。


 村に一泊して、さらに一山超えた鉱山に向かう。事前の調査通り、村から鉱山までの間に人の住む場所はなかった。


 鉱山の管理のために建てられた侯爵の屋敷を見て、ハインツは不信感を強めた。


--なぜこれほど豪奢な建物が?


 そこには王都にもなかなかない豪華な建物が建っていた。

 慎重に事に当たる必要がある。ハインツは気を引き締めた。


「いらっしゃいませ。ヴァーグナー様。このような辺鄙なところまでご足労いただき感謝に堪えません」


 第三王子の使者であるハインツの訪問は、事前に知らせていたらしく、侯爵はあっさりハインツと面会した。

 侯爵は、40歳ほどの小太りの男で、自分と同じ侯爵家のしかも跡取りでもないハインツに対して、異常なほどに低姿勢だった。


 侯爵邸は、外装からの想像に違わず、内装も豪華だった。クラウゼ侯爵は王都にも屋敷を持っているが、そちらは貴族としては、ごく普通の建物だ。侯爵家が本領として治める領地にある屋敷も不自然なほどの豪華さはないと報告を受けている。本宅は、ごく常識的な装飾に留めておいて、人目につかないこちらの屋敷に豪奢な内装を施す理由は一つしか思い当たらなかった。応接室に案内されたハインツは、王宮かと見まごう高級なソファに腰かけた。


「この度は、我が家の販売していた発泡水で多大な被害が出たとのこと。大変申し訳なく思っております。商品は回収できる限り、全て回収の手はずを整えております」


 向かいに座り、こんな辺境で必要があるのか不思議なほどのこれまた一目で高級とわかる正装に身を包んだ侯爵は、もみ手をしながら言った。あくまで今回の事件を不可抗力で起きた発泡水の問題として片付けようとしている様子だった。もしかするとハインツ達が鉱山の不正採掘との関係を疑っているとは気づいていないのかもしれない。


「ああ、そのことは既に報告を受けています。今回は発泡水の毒素の特定に伺いました。クラウゼ侯爵の管理している鉱山を拝見しても?」


 侯爵のこめかみがピクリと動いた。明らかに目が泳いでいる。


「も、もちろんです。しかし準備がありますので、明日以降のご案内でもよろしいでしょうか」


 そんな暇はない。今この時にでも証拠隠滅が図られているかもしれないのだ。


「いや、お気遣いは結構です。特に視察の環境を整えて頂く必要もないし、ありのままの現状を見たい。付き添いも不要なので、こちらで勝手にやらせて頂こう」


 侯爵は、ぐうと小さく唸ったが、ハインツが鋭い視線を向けると、とってつけたような笑みを浮かべた。


「わかりました。--鉱山は危険なのでお気をつけて」

「ご助言感謝する」


 話が終わったハインツは、出された茶に手を付けることもなく立ち上がった。毒素の混入を疑っていると言っているようなものだが、侯爵は何も言わなかった。


 鉱山は屋敷のすぐ裏に広がっていた。現地に着いたハインツは、あたりが見渡せる高台に上り地図を広げ、採掘状況を確認した。


「やはり」


 素人のハインツが見ても明らかなほど、第四王子のアルバンが指示した範囲を超えて、採掘がおこなわれていることがわかった。アルバンは、地下水脈などを考慮して採掘範囲を考えていた。水路から考えて、発泡水に毒素が混じった原因はこの鉱山とみて間違いない。侯爵の勝手な採掘が発泡水に毒素を混じ

らせたのだ。ユリウスの推理では、発泡水の事業に乗り出したのは、水路の調査を不審がられないためだろうということだった。侯爵も発泡水を定期的に調査していたのだろう。だが、この毒素はすぐに効果を発揮するものではない。侯爵は、まだ無害の範囲だと信じ販売した。しかし、蓄積することで影響が出るものであることまではわからなかったということか。


 不法採掘されているであろうあたりまで、ぐるりと採掘場を回ってみた。再び小高い丘に出る。そして、気づいた。


--森だ。


 鉱山の向こうに常闇の森が広がっていた。この国の北東の国境はずっと常闇の森に接している。ふもとの森から北に上ったため、再び常闇の森沿いに近づいたらしい。


--あの森のどこかにティレがいる。


 事件が解決したら、事件の報告をしよう。報告はティレに直接行いたいと要請しよう。


--謝りたい。


 ティレとの別れを最悪なものにしてしまった。ティレは、今どうしているだろうか。ハインツのことを恨んでいるだろうか。怖がっているのだろうか。怒鳴ってしまった時のおびえた様子とその後の遠慮がちな様子を思い出して、胸が苦しくなった。


--それとも、ハインツのことなど忘れて、森の男と楽しく過ごしているのだろうか。


 別れの時、ティレを迎えに来た男とティレの親し気な様子を思い出すと、ハインツの胸に黒いものが広がる。

 ハインツは、ティレの森での生活を何も知らないのだ。あの男は誰だろう。ティレとは全く肌の色も髪の色も違う男。同じ民族でもあのように違うものなのか。


--ティレに謝りたかった。また笑いかけてほしかった。ティレのことをもっと知りたかった。


 物思いに耽っていたからか、近づく気配に気づくのが遅れた。


 感じた鋭い殺気にとっさに体をひねったが、よけきれなかった。

 右腕に激痛が走る。二の腕に矢が突き刺さっていた。


「ぐ……!」


 利き手を射られながらも、とっさに左手で剣を抜いた。


 クラウゼ侯爵だった。驚いたことに武装した兵を連れている。傭兵だろうか。後ろ暗いところがあるとはいえ、兵まで雇っているとは。どこに隠していたのだ。もしかしたら鉱夫のふりをして傭兵を紛れ込ませていたのかもしれない。本当に、監督不行き届きですぞ。ここにはいない第四王子にひそかに毒づく。とはいえ、調査不足で単身乗り込んだのは自分のミスだ。


 ハインツが利き手を使えないことを見て取ったクラウゼ侯爵は勝ち誇った声で叫んだ。


「小僧、調子に乗りすぎたな!あの現場は、第四王子殿下直々にわしが任せられておる。何をしようとお前の知ったことか!出しゃばって、邪魔をするな!」

「殿下の採掘計画を無視しておいて何を言う!」

「うるさい!」


 目が尋常ではない。言っていることもめちゃくちゃだ。このようなことをして、ばれたらどうなるかなど子どもでもわかることなのに。

 四方を囲んだ兵が一斉に弓を引く。ここで、自分を殺したら、ユリウスが必ず不審に思うはずだ。まさか王子の使者を射殺そうとするとは思わなかった。それが油断につながったわけだが、ここまでのことをしてしまったら、これで侯爵は終わりだろう。事件はユリウスが必ず明るみに出すはずだ。

 だが、それを見届けることはできなそうだ。自分もここまでか。ハインツは、覚悟を決めた。


「--最後に会いたかったな」


 謝りたかった。様子を聞きたかった。調査の成果を報告したかった。

 ……そんなのは言い訳だ。


 本当は……。

 ただティレに会いたかった。

 人の気持ちに疎いと散々馬鹿にされてきたが、自分の気持ちにも疎いとは知らなかった。死を目の前にしないと自分の想いに気付かないとは。


 ハインツは、強く歯を食いしばって目を閉じた。瞼の裏にティレの恥ずかしそうに笑う顔が見えた。

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