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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章

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16/41

16 森の娘の残したもの

 森の民ティレが帰ったことで、応対を拝命していたハインツ達も一度、本来の職場である王都に帰ることになった。報告書を読んだユリウスが、王への報告が必要だと判断したからだ。


 別れ際にティレが言うまでもなく、ハインツもユリウスも事態は一刻を争うという判断だった。


 村に調査に来ていた騎士、ユリウスが連れてきた近衛騎士、そしてユリウスとその側近の三つの隊に別れ、騎馬にて王都を目指す。ハインツは、近衛ではないが、調査の責任者としてユリウスに同行した。


 馬車では、三日かかる距離を騎士たちは一昼夜で駆け抜ける。

 強行軍の中でも、ユリウスは余裕だった。


「なんだよ!いつまでもずいぶん機嫌が悪いな!」


 馬を走らせながら、怒鳴るような声で隣のハインツをからかう。蹄の音が響いて、そうでもしないと会話ができないのだ。


「うるさい!」


 ハインツは、言下に黙らせようとするが、第三王子殿下はそのようなことではめげない。


「いや、それにしてもハインツを女に間違えるとは。森の民は本当に興味深い。俺のような美青年ならともかくハインツだぞ」

「殿下、恐れながら、我が弟もなかなかの美丈夫でして」


 女だてらに涼しい顔で二人と並走しているマルティナも悪乗りする。


「うるさい」


 怒鳴り返す声が小さくなった。

 そうだった。もともとは女に間違われたことに怒っていたのだった。それについては、やってしまったとは思っていた。

 一緒に調査をする中で、少なからず流れるようになっていた親し気な空気がハインツが怒鳴ったことで一瞬にして消え去った。

 くだらないことで頭に血が上ってしまっていたことはわかっていた。屋敷に着いたら謝ろうとも思っていた。だが、屋敷についても朝になっても必要以上におびえるティレにますますいらだった。


 そんなに俺が怖いのか。男だと口もききたくないくらいか。


 わかっている。自分は頭に血が上りやすい。それで失敗したことも一度や二度ではない。でも、今回の失敗はしてはいけないものだった気がする。

 それでも、別れる前には自分にしては感情を抑えて、和解した……つもりだ。ティレも、ひそかに調査を急ぐよう、自分にだけ言った。信頼関係は壊れていなかったはずだ。

 だから、そのことではもう怒っていない。


 馬を休ませるために野営をする。馬をつなぐと、焚火の近くでハインツ達も休憩する。


 森の入り口で、ティレが抱き着いた男、ティレを何の躊躇もせず抱き留めた男、ティレの世話を焼いてくれた自分たちに会釈で礼を伝えた男。

 ティレは、森での生活を多くは語らなかった。森には、ハインツとは比べ物にならないくらいティレにとって大事な人がいる。それはそうだ。ティレは森で生まれ育ったのだから。


 ハインツは腰の袋からの木の実を乱暴に掴むと口に放り込んだ。木の実の皮がやけに苦い。


--ティレ。


 焚火の脇の木に手を当てる。ティレのテントのにおいがした。


 王都につくと、発砲水の販売を担っている貴族はすでに判明していた。

 一つ山を越えたところの鉱山の管理を任されているクラウゼ侯爵だった。


「何故発砲水の販売に?」


 ユリウスの執務室に到着したハインツは、浮かんだ疑問をユリウスにぶつけた。


「鉱山は第四王子であるアルバンが監督している」


 ユリウスは執務室の椅子に座っている。両肘を机に着け、組んだ手の上に顎を乗せた。上目遣いでハインツを見る。

 アルバンは、ユリウスの弟だ。間に王女をはさんでいるが、王子としてはユリウスのすぐ下になる。武に優れたユリウスが、騎士団を率いているのに対し、アルバンは地質学に明るく、土木関係の事業の統括などを行っている。


「国営ということですね。では、決められた範囲の採掘を行い、決められた報酬を得ている」


 執務中なので、今は臣下として対応している。ユリウスの斜め後ろで直立不動を崩さない姉も、いつもの豪快さをおさめ、真剣な顔で話を聞いている。


「ああ、法律上ではそうなっている」


 含みのある言い方だ。この国の法では鉱山を採掘するときは、地質学に詳しいものが事前に近辺の地理を調べ、周囲に対する影響が最小限になるように計算して採掘範囲を定める。鉱物には毒素を持つものもあり、それが周辺の土壌に染み出しては、飲料水や農産物、水産物にも影響が出るからだ。そうして調べた鉱山を資金力のある貴族や商人に委託して採掘させる。採掘した鉱物は国のものだが、採掘量や採掘に要する人員などに応じて請け負ったものには報酬が出るのだ。


「この泉は、村の者もめったに近づかない場所にあります。外から鉱山の管理に来ているだけの侯爵がどうやって泉の存在を知ったのか気になりますね」


 村長の話では、侯爵と村人との交流もないようだった。鉱山の採掘も専門の鉱夫を雇っており、村人に雇用を生んでいるというわけではないようだった。あのあたりにほかには人が住む場所がない。村人から聞く以外の方法でどのようにして知り得たのか。


「この鉱山から、泉の近くまで地下水流が流れていると考えている」

「地下水流?」

「ああ、ところどころ小川がある。地図上に起こしてみた」


 ユリウスが隣のテーブルに置かれた地図を顎でしゃくった。ハインツは一礼してテーブルの上の地図を見る。確かに鉱山から泉に至るまでの何か所かに小川が書かれていた。どれも源泉がなく、断片的だ。おそらく、土地の高低によって地上に出ている水流と地図に現れていない地下にもぐっている水流の部分があるのだろう。もし、この地図の水流に見えない部分を補ってたどれば、鉱山から泉にたどり着けると思えた。


「では、侯爵は水流をたどって行ったら泉にたどり着いたと」

「問題はなぜ水流をたどったかだ」


 そうだ。鉱山の事前の調査は終わっている。周囲の地理を調べる必要はクラウゼ侯爵にはない。ハインツは黙ってユリウスに続きを促した。


「兄の俺が言うのもなんだがアルバンの地質学の知識は一流だ。俺と同じく兄上が即位したら、公爵に下るが、その後はアルバンは国内の土木事業の総括を行う。アルバンの指示通り採掘していれば、周辺地域に影響が出ることはないはずだ」

「指示通りではなかったと」


 ハインツの言葉にユリウスは無言でうなずいた。


「アルバンはまだ17歳だ。今回のこの鉱山事業は将来的に国の土木事業をまとめるための勉強といったところなのだ。鉱山の採掘計画が完璧だったので、我々も少し管理をアルバンに任せすぎていたかもしれない。地質学には明るくても人の悪意にはまだ疎かったかもしれん」


 そうは言っても、ユリウスは軍事部門の責任者だ。弟とはいえ、他分野の事業に容易に口出しはできないだろう。そう思っているハインツの気持ちが顔に出ていたのか、ユリウスは続けた。


「陛下と王太子殿下には話を通してある。アルバンは責任を感じているから、この後俺も一緒に謁見の予定だ。ハインツ戻ってすぐで悪いが、一度クラウゼ侯爵に接触してくれないか」

「わかりました」


 ハインツは頭を垂れた。

 ユリウスは満足そうにうなずくと、地図に目を落とした。それは、ユリウスには重要な話が終わった後のほんの雑談だったのだろう。何気なくつぶやいた。


「あと少しで泉のふもとの村まで、影響が出るところだったかもな。ここで、なぜか水流が途絶えている。代わりに北からの清流が村に流れ込んでいるんだ」

「あ……」


 しかしハインツは、その言葉にはっとした。


 村を訪れたとき、村中の木々の間を歩き回っていたティレ。宴の夜に人目を避けるように抜け出し、地面に触れながら井戸まで行き、それをのぞき込んでいたティレ、出発の朝の村長の言葉。


 --ティレだ。


 おそらくあの水流は村にも流れ込んでいたのだろう。北の水流からも元々流れ込んでいたのかもしれないが、あの夜ティレが毒素の入った水流が村に入らないようにしたのだ。だから、次の日急に井戸の水が冷たくなった。

 人知れず行われたティレの心遣いに胸を突かれた。


「--事件が解決したら、森の民に報告しなければならないな」


 その声に、はっと顔を上げると、したり顔でユリウスがハインツを見ていた。


「その際は、お前を使者としよう。良いな、マルティナ」

「殿下のお心のままに」


 マルティナは笑顔で答えた。

 ハインツは先ほどより深く頭を垂れた。いつもからかってくる悪友と姉だが、誰よりもハインツをわかってくれている親友であり家族なのだ。

 ユリウスの声が一段低くなった。


「必ず、解決せよ」

「は!」


 必ず、事件を解決する。必ず--またティレに会う。


 ハインツの胸に炎が灯った。


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