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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章

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15/41

15 初めての仕事と白銀の騎士様

 ティレは、森のはずれに住んでいる。ティレの住む集落はティレが祖父と弟と共に住む家、伯父夫婦が住む家、伯父の息子であるいとこ一家の家の三軒だけだ。


 17になる今まで、ティレはほとんど森を出たことがなかった。たまにどうしても出る必要がある時は祖父が一緒で、最近では16になる弟のキエムが付いてくることもあった。


 そんな祖父が、ある日ティレを呼び言った。


「ゲルグ国から、調査の依頼が来ている。お前が行ってきなさい」


 ティレは信じられなかった。祖父は、自分を森の中からなるべく出したくないのだと思っていたし、祖父の気持ちを考えるとそれも仕方がないと諦めていたからだ。

 何故今回に限って祖父がそんなことを言ったのかわからない。


 年若い娘を遣わすというと、護衛も兼ねて女性の近衛騎士を迎えに行かせると連絡がきた。


 そうしてやってきたのがハインツだった。

 白銀の髪を短く切りそろえたハインツは、女性にしてはずいぶんと大柄だったし声は低いし、ハインツのほかに髪がここまで短い女性も見なかったが、ひどく美しい顔をしていて、ティレはなぜか直視することができなかった。言葉少なで、ティレの行動にあきれている様子が見て取れたが、それでも、ハインツはティレのことを気にかけてくれ、昼食を一緒に取ってくれたり、不自由なく過ごせるようなにくれとなく気を配ってくれた。それは、ティレにとって家族以外から初めて受けるやさしさだった。


 調査は概ね順調だったと思う。文化の違いに戸惑うことはあったが、ハインツや屋敷の人は良くしてくれたし、町の人たちとも滞在の間に何回か交流することで打ち解けていった。調査に行った先々の人たちも、「異民族」としてのティレを物珍しそうに見ることはあっても、露骨に差別されたり、迫害されることはなく、いい人たちが多かった。


 依頼された事件の原因もある程度は突き止められた。これ以上は、政治的な問題に発展するかも知れず、この国が解決すべき問題だと思って帰って来たが、最後の最後にやってしまった。いや、薄々わかっていたはずなのに、くだらない「おまじない」をかけ続けた自分の責任だと思う。


 調査が終わって森に帰ると告げると、森の入り口まで送ってもらえた。皆に別れを告げて、森に向かうと弟のキエムが迎えに来ていた。その姿を見て、これまで張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたティレはキエムに走り寄って抱きついた。


 最近どんどんティレより大きくなってきているキエムはティレのいない間にまた背が伸びたようで、危なげなくティレを受け止めた。ティレは、ぎゅうぎゅうとキエムに抱き着いた。どちらが姉だかわからない。


「キエム! 私失敗しちゃった。親切な騎士様に失礼なことしちゃったの! 怒られた! 嫌われた! どうしよう!」


 腕の中でボロボロと泣くティレにキエムは呆れ顔だ。ため息をつきながら言う。


「失礼も何もない。細かいことで森の民がへこへこするなよ。事件の原因は無事突き止められたんだろ。それにほら、別に怒っていないじゃないか」


 慌てて振り向くと、マルティナとユリウスが手を振っているのが見えた。その隣に立っているハインツの表情は見えなかった。


 ほら、いくぞと促され、森の奥に進む。


 そのまま、ぐずぐず落ち込んでいる間にキエムがティレを集落まで運んでくれた。


「おや、ティレ。おかえり!初仕事はどうだったい?」


 帰ってきた二人に気付いて、畑仕事をしていた隣に住んでいる伯父の妻であるホアが声をかける。


「おばさあぁん」


 そんなに長く留守にしたわけではないのに、懐かしい集落のにおい、懐かしい伯母の声に止まっていた涙がまた溢れる。


「おやおや」


 ティレを抱きとめた伯母のホアに視線を向けられたキエムは肩をすくめた。俺は何も言わないぞという表情だ。


「事件解決に貢献したって聞いていたのにこの子はどうしたんだろうねえ」


 どこか楽しそうに言いながら、まずはやらないといけないことを終わらせないとねと、ホアは祖父を呼びに行った。

 祖父を呼ばれてしまったら、些末なことで泣いているわけにはいかない。ティレは、深呼吸を繰り返して気持ちを整えた。


「--原因は鉱毒でした」


 自分の家の居間で祖父の前に座ったティレは、事件の概要を報告していた。ティレが依頼された事件の解決に向かうのは初めてだが、いつも伯父や従兄が依頼を解決すると祖父に報告しに来るので、戸惑うことはなかった。


「ふむ。その鉱毒の原因は」

「ある程度の目途はたっています。これ以上は政治的な要因が絡むと考え、ゲルグ国にお任せすることにしました」


 森の民は、依頼に協力はするが、政治的なことには関わらない。それによって、その国がどうなるかはわからないが、その国の「歴史」に関与しそうなことに森の民がかかわるのはタブーだった。


「ふむ。わかった。この度の任務ご苦労だったな」


 祖父の言葉に、ティレは頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 せっかく初依頼を無事終えたのに、浮かない表情で俯くティレに祖父は眉毛を上げたが、キエムを呼ぶようにだけ伝え、ティレを下がらせた。


「ティレちゃん、お疲れ様。ほら、ティレちゃんの好物を作ったからお食べ」


 祖父への報告という、依頼後の唯一で最も重要な仕事を終え、ティレがお気に入りの木の根元で休んでいると、ホアがやってきてティレの好物である”いももち”を差し出した。


「ありがとう。おばさん」


 ティレはお礼を言って、受け取るとかぶりついた。手で持っても熱くないが、ほのかに温かくやわらかいもちをもぐもぐと咀嚼する。垂れてきた涙も鼻水もお構いなしに口をうごかすティレにホアは苦笑した。

 子どものようにエプロンのポケットから取り出した布で顔をぬぐってもらう。


 父とも母とも縁が薄かったティレにとってホアは母親代わりと言ってよかった。

 祖父は昔から厳格で、息子である伯父も無口でいかついタイプの人だったが、その妻であるホアは、夫との自分の子も義理の妹の子も、皆分け隔てなく接した。なにくれとなく世話を焼いてくれ、ティレがここまで大きくなれたのは、ホアと夫である伯父のおかげであると言っても過言ではない。


「何がそんなに悲しいか話してくれる」


 最後に、いももちのたれのついた口元まで拭ってくれたホアは、よっこいせとティレの横に腰かけた。

 森の中は、秋が深まっても気温の変化が少ない。柔らかな風が、二人の髪を揺らしていた。


「……優しくしてくれた人を怒らせちゃった」


 思い出すと、また涙があふれてくる。怒らせただけではない。たぶん傷つけた。傷ついていないのにあんなに怒る人ではない。それなのに、男の人だとわかったハインツに大きな声で怒鳴られて、怖くて震えるのを止められなかった。そんな態度をとって、きっとますます傷つけたと思う。


「ティレちゃんにとって大事な人なんだ」


 ホアは、軽い口調で言った。軽い口調で言ってくれたことにホアの底抜けな優しさを感じた。


「……どうだろう」


 大事……でがあると思う。家族以外に優しくされたことのないティレにとって、初めて優しくしてくれた人だ。だけど。


「どうして? 怒らせちゃってそんなに泣くのに、大事な人じゃないの?」

「だって、外の人だから」


 祖父が何故、今になって急に自分を外に出したのかわからない。だが、外の人と必要以上の交流をもっ

てはならない。それは絶対だ。自分のような人間を、自分が不幸にした人々のような人間をこれ以上出さないためにも。


「ティレちゃん」


 ホアは、ティレのほほを両側からつかんだ。真剣な顔だ。子どものころ、怒られるときによくこの顔だったなとぼんやり思う。


「思い込みはだめよ。私たちはティレちゃんが大好きよ。誰も犠牲になってないし、ティレちゃんが犠牲になる必要もない。いろんなことは置いておいて、なんでティレちゃんが今、そんなに悲しいのか。自分の気持ちにだけ向き合って、ゆっくり考えて」


 ぽんぽんとティレの頭をなでると、ホアは家に戻っていった。

 ホアと入れ替わりに、キエムがやってきた。渋皮をなめたような顔をしている。


「今度は俺が行ってくる」


 ティレは目を瞬いた。どこにとは聞かなかった。製薬に精通しているティレとは異なり、キエムは身体能力も魔力も高い。おそらく身を隠して、調査の行方を見守るのだろう。 


 ティレは、キエムの服の裾をつかんだ。


「変なまじないなんてかけるからだ」


 はっとしてティレが顔を上げた。なんで知っているのか。

 

「しかもあんまり効いてなかったしな。薄々男だと思ってたんだろ」


 ティレは、唇を強く結んだ。この弟は、いつも何でもお見通しだ。昔はティレよりも小さかった弟は、いつの間にか自分の肩までになったティレの頭をぽんぽんと叩くと、森の奥へ消えていった。

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