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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第一章

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13/41

13 森の娘との別れ1

 馬車の中でどのような話がなされたのか分からないが、屋敷に着く頃にはマルティナはティレのことをすっかり気に入ったようだった。


「ティレちゃん、夕食は一緒に取りましょう。その後男性陣はお楽しみだから、私たちも甘いものでも食べながら、おしゃべりしましょう」


 いつの間にか呼び方も変わっていて、馬車に乗る前の怯えた様子は落ち着いたティレに嬉しそうに話しかけている。何だか語弊のある言い方だが、ユリウスが滞在するときは大概二人で談話室で過ごすので、違うとは言い難かった。しかも、馬車に乗る前にはおびえて震えていたティレが、遠慮がちにでも笑顔で会話をしているのは、マルティナのおかげに違いなかった。


「ーー近衛としてついてきたんじゃないのか?」


 なんとなく面白くない気持ちで、ハインツが低い声で言うと、ユリウスに肩を叩かれた。


「ここまでで解散だ。隊員も村に泊まって、しばらく休暇とした」


 そう言うと、ユリウスも護衛を引き連れてさっさと屋敷に入っていく。第三王子殿下にとっても幼い頃から、ハインツやマルティナが滞在する時期に合わせて、何度かお忍びで何度か遊びにきていた勝手知ったる館なのだ。

 休暇というのは本当のようで、確かに村を抜けて屋敷のある丘に登る前にお付きの騎士は最低限の人数になっていた。


 ふとティレを見るとこちらをそうっとうかがっていた。ハインツと目が合うとビクッとして目を逸らす。そのおどおどした態度が、ハインツのかんに障る。踵を返すと、隣でニヤニヤしているマルティナ共々、その場に置いて何も言わずにユリウスの後を追った。エスコートなどくそくらえと思った。


 夕食の席ではマルティナがティレを質問攻めにした。

 最初はユリウスも話しかけていたのだが、まだショックから完全に立ち直れていない様子のティレは、男性であるユリウスから話しかけられると微かに怯えた顔をするので、ユリウスはさりげなく話の主導権をマルティナに譲った。ハインツにはできない所業だ。ユリウスとマルティナは昔から目だけで通じ合っている部分がある。


 マルティナの質問に、ティレは言葉を選びながらだが丁寧に答えている。


「ティレちゃんは自分で薬が作れるのね。使用人に聞いたわ。村人にも薬をわけたって。感謝していたわよ。私からもお礼を言わせてちょうだい。森の民の薬は各国で流通してるけど、ティレちゃんはどこの国におろしているの?」

「……私の薬は外に出さないので」

「そうなの。優秀なのにもったいないわね。ちょうど王家の人がいるから売り込んでみたら?」


 そう言ってユリウスを見る。今は護衛騎士としてではなく、幼なじみとして接することにしたようだ。


「おいおい。俺に商業部門の権力はあまりないぞ」


 口調とは反対に両手をあげて降参するユリウスも楽しそうだ。


 ハインツは一人黙々と手を動かし、食事を続けた。

 久しぶりの屋敷の料理なのに何故だかちっとも美味しくなかった。でも負けるのは悔しくて意地で完食した。何に負けるのかは自分でもわからなかった。

 食べ終わるや否や席を立つ。ハッとしてティレがハインツを見た。


「談話室へ行っている」


 その視線に気づかないふりをして、ユリウスに伝え部屋を出た。マルティナの楽しそうな笑い声が廊下まで響いてきた。

 その声から逃れるように足早に部屋に向かった。


「ーーなあ。なんでそんなに怒っているんだ。お前らしくないぞ」


 ユリウスが談話室に現れたのは、ハインツが来てから実に30分はたってからのことだった。勝手知ったる様子で、ソファにドカッと座り込んだユリウスは、既にビールの瓶とグラス二つを持っていた。二つともに琥珀色の液体を注ぐと、グラスを傾けながらハ

インツを見た。


 ハインツもわかっている。女性騎士が迎えに行くと言ったのはこちらだし、ゲルグ国民をほとんど見たことがないというのも本当だろう。これまでだって、突拍子もない行動が多かったし、振り回されて大変だった。ーーだが、こんなに腹が立つことはなかった。


 ユリウスが置いたもう一つのグラスを手に取ると、一気にあおる。


「ーー男だと思われていなかったんだぞ」


 乱暴に置いたグラスが音を立てた。


「ふーん」


 ユリウスは、意味ありげに笑ったが、それ以上は何も言わなかった。




 次の日の朝、ティレはいつものワンピースで朝食の席に現れた。ハインツの気分は一晩たっても収まらなかったが、任務は任務だ。報告書はまとめないといけない。今日は一日ティレと過ごすことになるだろう。


 ハインツには見慣れたティレのワンピース姿だったが、昨日は旅装束のマントを解いただけであわただしく夕食をとったので、マルティナ達がその姿を見るのは初めてだった。


「かわいいワンピースね。素敵な刺繡だわ」


 マルティナは自分の隣に座ったティレの胸元に視線を送るとその繊細な細工を褒めた。


「そのペンダントも素敵ね。ハインツが贈ったの?」

「え?」

「は?」


 ハインツとティレの声が重なった。ティレはハインツの方を振り返りそうになって、あわててマルティナの方に向き直る。


「ーーこれは、子どもの頃から持っているものです」

「あらそうなの? 兄が持っているものと似ていたから、フラナ国の細工かと思ったの。王都ならフラナ国のものは多く流通しているから、ハインツが王都で買ったのかと。……まあ、そんなに気がつく弟じゃないわね」


 姉の言いようはいつものことなので、ハインツは相手にしないことにした。だが、ティレは思いの外真剣にマルティナの話を聞いていた。


「フラナ国というとゲルグ国の西隣の国ですか?」

「そうそう。二番目の兄がフラナにいるの。その兄が持っているペンダントもそういう感じの細工なのよ」


 ティレは、ペンダントをぎゅっと握った。


「私、このペンダントはもらったのものなので、どこのものなのかはわからないんです。森の民のものではないと思います。……もしかしたら、フラナ国のものなのかもしれません」


 そう言うティレの顔はやけに真剣だった。


「そう。知りたいなら、調べられるけれどーー」

「いえ!大丈夫です!」


 思いのほか大きな声で返事をすると、ティレは、でもありがとうございますと頭を下げた。

 それが合図となったように、朝食の席はお開きになり、ハインツとティレはいつもの執務室に向かった。 



 ハインツは黙々と報告書を作成した。ハインツが書いた報告書をティレに渡す。昨日からのハインツの様子にすっかりおびえている様子のティレも、恐る恐る書類を受け取るとそれでも必要な事項を補記していた。


「……なるべく早く終わらせよう」


 ハインツが、ティレにそう言うと、ティレの肩がびくりとはねた。怖がっているのに、悲しそうに見えた。

 ハインツの胸がずきりと痛む。違う。悲しませたいわけではない。自分の態度がひどいことはわかっている。


 ようやく少し冷静になってハインツは、ため息をつくと言った。


「失礼な態度だった。ーー申し訳ない」


 ぶっきらぼうな言葉に、ティレは涙を堪えるように顔をゆがめて俯くと、小さくかぶりを振った。ハインツは途方にくれた。まるで初めて会った日に戻ったようだ。


 俯いてしまったティレは、いくつか書類に言葉を書き足すと、ハインツにそれを手渡した。


「これで報告書は大丈夫だと思います」


 それは、この依頼が終わったことを表す言葉だった。ティレは昨日の騒動以来初めてハインツをまっすぐ見た。


「明日、森に帰ります」


 今日これまでで、一番はっきりした声だった。


「ーーああ」


 どこか呆然とした気持ちでハインツは書類を受け取った。


 開けている窓から吹き込む風がすでに秋が深まってきていることを感じさせた。 



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