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第二章 オムライス①

 健は、あっという間にできていくグランドの水たまりを、教室の窓からぼんやりと眺めていた。

 天気は暗く厚い雲に覆われ、その中を稲妻が走る。運動部の学生だろうか、校舎に向かって全力でダッシュする姿も見えた。

 まさか、自転車にまたがったとたん、雨が降ってくるとは思わなかった。いつ止むのかわからない雨のことを考えていると、無性にため息が出てくる。

「すごい雨だな」

 突然の声に振り返ると、教室の後ろの戸の側で、松本が立っていた。何の用だろうか。

「そうですね」

「暗くないのか?」

 松本が教室のスイッチを入れにいく。 

 日頃から暗いほうが落ち着くので、さほど気にはならなかった。

「ありがとうございます」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」

 そう言うと、松本は教壇の先生用の椅子に座って、窓の方に視線を向けた。

「いつ、雨が止むかな」

 松本はぼそっと言った。どうやら、すぐには教室から出ていくつもりはないらしい。教室内で先生と生徒が一対一。非常に居心地が悪い。

「なあ直井。先生からお願いがあるんだ」

「えっ?」

 とっさに、自身の体を松本に向けた。

「明日、直井の家に行ってもいいか?」

「えっ、何かありましたっけ?」

 背後で雷が鳴った。

「ほら、直井のお父さんが亡くなっただろ? だから、お母さんが落ち込んでいないか心配してさ。先生、直井のお母さんのこと、とても心配しているんだ。……なあ、行ってもいいだろ?」

「えっ……まあ……」

 どう考えてもおかしな話だが、先生に来ないでくださいとも言えず、曖昧な返事をした。

「明日の十三時にはどうだ? 先生はお母さんに用があるから、その時間帯に、直井に別の用事があったのなら、そっちを優先にしてかまわない」

「はあ……」

「むしろ、先生はお母さんと二人きりで話がしたいんだ! できれば、その時間帯は外出しててくれないか」

 そう言うと、松本は勢いよく立ちあがる。ローラーが装着された先生用の椅子は、音を出しながら床の上を転がり、壁にぶつかって止まった。健に名詞サイズのメモ用紙を渡す。視線を落とすと、そこには電話番号が書かれていた。

「もし、お母さんの都合が悪かったら、そこに電話をしてきてくれ。この番号、先生の電話番号だから」

「……わかりました」

 松本は、健の肩をぽんぽんと二回叩くと、教室から嬉しそうに出ていった。 

 母に何の用だ。底知れぬ、気味の悪さを感じた。

 それから一時間ほどすると、だんだんと雨が止んできた。まだ雷の音はするが、かなり遠くなってきている。消えていたセミの鳴き声も、再び聞こえ始めてきた。

 健はスクールバッグを肩にかけると、教室のスイッチを切って、後ろの戸から出ていった。自転車置き場まで戻ると、健の携帯が鳴る。ポケットから取り出すと、母からだった。

「母さん、どうしたの」

「帰りに買ってきてもらいたいものがあるの。頼んでいいかしら?」

「別にいいけど、何を?」

「ケチャップよ、ケチャップ」

「わかった、買ってくるよ」

「ふふふ。今日はね、オムライスにしようと思ってるの。うふふ」

 声の調子から、何だか母は上機嫌のようだ。

 ついでに、先ほどの松本のことも話そうとしたが、電話が長くなりそうなので、家に帰ってからすることにした。

「今から帰るからね」

 そう言って電話を切った。とりあえず、帰り途中のコンビニを目指すことにする。


 健はコンビニの調味料コーナーにいた。目下のところ、自分自身以外の客はいないようだ。

 ここのコンビニは、わりと店内が広い。実際、年に数回しか立ち寄ったことがなく、新鮮さを感じていた。学校の帰り道には、ここの前を必ず通っていたが、せっかくスピードに乗っている自転車を止めてまで、買い物をしたい気分が起きなかったのである。

 よかった、ケチャップがあった。棚に一種類しかなく、迷うことはなかった。

 ケッチャプの袋を手に持ってレジに向かう。そこに店員はいなかった。

「すみません、レジお願いします!」

 レジの奥に聞こえるように、呼んだ。

「……はいっ、今行きます!!」

 あわてて、レジの奥から見慣れた顔の男がやってきた。

「あ、りょう!」

「健じゃん!」

 亮とは、高校二年まで同じクラスだった。野球がうまくて、気さくなやつである。小学生の頃から野球を習っていて、高校の入学試験では、野球を武器に推薦で合格をした。だが、野球部の先輩と折り合いが悪く、入部して数カ月で退部してしまったのである。

「ここで、バイトしてんの?」

「まあ、まだ一週間しか経っていないけどね」

「たしか、文房具屋でバイトしてるって、言ってなかったっけ?」

「店長、病気になって入院しちゃってさ。しばらく店を閉めることになっちゃったんだよね。いつ退院できるかわからないし、これから夏休みじゃん。少しでも貯金に穴をあけたくなくってさ」

「そうだったんだ」

「えっと、百四十円だね」

 亮は、ケチャップの袋のバーコードをスキャンして、目の前の機械に表示された金額を言った。

「わかった」

 小銭をレジの台に置く。

「ちょっと待ってて」

 そう言うと、亮はおにぎりが陳列されている棚の方へ、素早く向かった。目で追うと、上から二番目の段の奥の方に、手を伸ばしている。

「健、シュークリーム食うだろ?」

 奥から取り出したシュークリームの袋を、健にちらつかせている。

「いいのかよ」

「いいんだって。どうぜ、破棄する予定だったんだから」

 レジに戻ると、亮はビニール袋の中に、シュークリームも一緒に入れてくれた。

「ほんとは、俺のシュークリームだったんだぜ」

「わりぃ、サンキュー」

「あ、健。明日って暇? 学校のグランドを使ってさ、久しぶりにキャッチボールでもやんない?」

 亮は、ピッチャーのように構えながら、腕を振り下ろした。

「どうしたんだよ、急に」

「いいじゃんよ! そうだなあ、昼飯食った後がいいかなあ。一時ぐらいに、学校で待ち合わせしようぜ」

「おっけ」

 亮から、ケチャップとシュークリームが入ったビニール袋を受け取り、自動ドアの出入り口に向かう。コンビニから出ると、ふと松本の件を思い出した。

 一時……、まあいいや。俺が外出してた方が、先生の都合がいいみたいだし。

 健は、亮との約束を優先にした。

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