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浮浪者の娘  作者: 大久 永里子
第一章 言葉《ことば》
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第一章 第2話 美しい客人

 トーラン家の西棟にしむねの玄関に、馬車が着いた。


 出迎えたジョゼフに手を取られながら、黒味がかった柔らかな茶髪の、美しい女性が馬車から降り立った。


「いらっしゃいませ、マーガレット様。」

 客人をジョゼフと共に出迎え、にこやかに挨拶したマリアが、彼女をまっすぐに、ラルクの執務室へと案内した。取次ぎを通すことはなかった。


 二階のラルクの執務室の扉を叩き、入室を許可されて、マリアがマーガレットの来訪を告げると、ラルクは苦笑して書類を片付け始めた。


「早いな。」

「まだ仕事中なら待ってるけど?」

マリアの後ろから部屋に入ったマーガレットが遠慮してみせたが、ラルクは書類を二つの山にして机の右端に寄せると、立ち上がった。

「いいよ、丁度片が付いた処だ。マリア、お茶を運んでくれるか?」

「かしこまりました、ラルク様。」


 民主選挙制の建前から言えばおかしな話なのであるが、次の代の都市まちの統治者であることがほぼ確定しているラルクは、選挙を経ずして既に市政にたずさわっており、世代交代の時に滞りがない様にと、現在の市長である父から彼に任される仕事は年々増えているのだった。


 マリアが笑顔で去ると二人は互いに歩み寄り、執務机の前で、ラルクは優しく彼女を抱き締めた。

「君がうちで夕食を採るのは久しぶりだな。」

「あなたが忙しいから。」

 腕の中で気遣う様に静かに言って見上げたマーガレットに、ラルクはそっとキスをした。

 髪色と同じ、黒に近い茶色のひとみの女性は、幸せそうに微笑んだ。


 

 浮浪者の娘を拾って十日目だった。


 意外に早く、二日目には娘は三階まで自力で登り降り出来る様になっていた。

 ラルクは毎日彼女の為に風呂を用意させ、食事も予定が許す限り共にし、心を砕いていたが、未だにかたくなに彼女は口を開こうとはしなかった。


 彼女が働ける程に回復したら働き口を世話するつもりであったし、自分の使用人として雇えればラルクとしては一番安易であったのだが、口が利けないとなってはそれも難しい。


 親切の押し売りになってはいけないと分かってはいるのだが、ここまでかたくなに心を開かない娘の過去には、何があったものであろうか。


 マーガレットを抱き止めたまま青年が窓越しに外を見やると、問題の当人が花で溢れる夏の庭の片隅に、じっと腰掛けている姿が見えた。


 まだまだ痩せこけていたし、着ているものも急場で用意して貰った女中の私物で、粗末な古着だったが、まるでほかの世界から来た者の様に、見る者がはっとする程、彼女は美しかった。


 詰まらぬ誤解を生みたくはない。

 青年はマーガレットには娘のことを告げておくつもりだった。

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