第一章 第1話 ガーランド
ガーランド国がおよそ二百年に渡った都市国家制を廃し、国家統一に舵を切ったのは、七十年程前である。
国体の大きな転換は、外敵に備える必要性に迫られたためであった。
島国であるガーランドは、海そのものと、ガーランドから北西の大陸に向かって船を押し戻す様にして流れる激しい海流に守られ、歴史的に外から来る敵に悩まされることが少なかった。
だが船舶技術の発展と共に、海を難攻不落の防壁として頼れる時代は、終わりを告げた。
かつてより遥かに速く、安全に、大陸から船が到達するようになったのだ。
外敵を案ずる必要のなかったガーランドと異なり、人種や宗教の異なる多くの国が血で血を洗う争いを続けて来た大陸の為政者達は、利益があると思えば、他国を侵略することに躊躇がなかった。
武力も人口もガーランドを上回る国が、大陸には複数あった。
共通の危機を前に、ガーランドの多くの者が国家統一を急務と主張したが、五十を超える都市国家の全ての王に、王権の放棄を納得させることは難しかった。
そして目前に迫る危機を前に、可能な限り速やかに穏便に統一を成し遂げるため、折衷案が採られた。
激しい議論の後、王制と貴族制を廃し、民主選挙制を導入することに合意した一方で、各都市の初代の「市長」には、それぞれの王がそのまま就くことになったのだ。
それから幾度か選挙は行われているが、元王家の一族以外の者が市長に立候補する事態はほとんど起こらなかった。
各都市の首長は、実質的に王家の子孫による世襲が続いているのである。
歪ではあるが、それが支持されているのは、各都市の王家が概ね善政を敷いて来たことの裏返しでもあった。
ドウア市のかつての王家、現在も首長家である家の名は、オブ=トーランと言った。