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浮浪者の娘  作者: 大久 永里子
第七章 奉納の儀
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第七章 第17話 生きて

 その刹那、男の意識はラルクに向いていた。


 男が体ごとこちらに投げ出して来る女を目に捉えた時には、間に合わなかった。


 女の美しさはこの場面で非現実的ですらあった。

 人間なのか、と、仰向けに倒されながら職員の男は、それこそ非現実的なことを考えた。


 女から逃れようと、倒れながら職員の男は、自分の上に覆いかぶさって来る女のひるがえる金色の髪に向かって、闇雲やみくもやいばを振り下ろした。







 に映ったその光景に、ラルクは自分の感覚と感情が凍り付くのを感じた。






 一歩、届かなかった。



 アミィの肩に、深々と刃物が突き立っていた。




 男は半身を起こしてアミィを振り払おうとしており、アミィはその男の胸の下辺りでしがみつくようにして、男を抑え込んでいた。


 左肩の後ろに衝撃を感じたが、彼女は痛みを感じていなかった。




「逃げて!!」




 アミィが叫んだ瞬間、ラルクの右足が宙を一閃して、男の頭を左側から薙ぎ払うように真横に蹴り飛ばしていた。




 声もなく男は倒れ、動かなくなった。


 気を失ったのか、それとも絶命したのか。



 ラルクが自分の名を呼ぶのが聞こえたが、男が意識を取り戻すかもしれないと思うと、アミィは手を緩めることが出来なかった。


 服が鮮血で染まり始めていたが、それが誰の血かもアミィはよく分からなかった。




「アミィ、もういい!!離せ!!」



 ラルクが男の胸の上に左膝を着いて抑えながら、自分に向かって叫んでいる。



 そんなことはいいから、ラルクに逃げて欲しかった。




 その時、床の上に男を抑え込んでいたアミィは、下から振動が伝わって来るのを感じた。




 足音。



 「ラルク様!!」

 複数の呼び声がする。




 警護の者達だ。



 ようやくアミィの手から微かに力が抜けた。


 ラルクは意識を失ったままの男の体をアミィの下から引き摺り出す様にして、彼女から離した。



「アミィ!!」


 ラルクに体を起こされた時、その直前まで感じていなかった痛みを彼女は突然感じた。

 アミィは体を折り曲げ、呻いた。

 頭の奥に鈍器が振り下ろされたかのような、激しい痛みだった。




 警護の男達が部屋に飛び込んで来た時、ラルクはうずくまるアミィの脇に自分のほどいた帯を回して、彼女の肩を縛ろうとしている所だった。




 椅子と巻物が散乱する部屋の中に、ぴくりとも動かない男と、血で染まる娘と、無事であったラルクの姿を見て、その情景に男達は一瞬息を飲んだ。




「ラルク様!!」

「医者を!!」




 叫びながらラルクはアミィを抱え上げた。彼女の左肩の後ろに、刃物は突き立ったままだった。


 一人が部屋を飛び出し、数人が倒れたままの男を縛りにかかり、残りがラルクの周囲を固め、駆け出すように彼らは部屋を出た。





 よかった。


 生きていてくれた。




 意識が朦朧とするような痛みの中、アミィはラルクに礼拝堂の一階の部屋に運び入れられた。

 その部屋に介抱に来てくれた女中仲間にキャリーを迎えに行ってくれるようにアミィは頼み、しばらくして使用人の誰かがキャリーと一緒にいると聞いた。

 そのあとはアミィは目を閉じ、大勢の人達が右へ左へ駆け回りながら叫ぶ騒ぎの中に身を委ねた。

 周囲の人達に指示を出すラルクの緊迫した声が、幾度も聞こえていた。

 







 なぜか外を彷徨さまよっていた時、ひとりで見上げた高い空を思い出していた。




 生きていてくれた――――――――――――――よかった。……このひとの傍にいることが叶わない、自分の寂しさが消える訳ではないけれど。

第七章 終

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