第七章 第16話 礼拝堂の闘い
気付かれた。
誰か来る―――――――――
赤毛の男は自分の命運が尽きたと感じながら、飛び込んで来た女の姿を見ていた。
礼拝堂の職員の淡黄の制服を纏い、ラルクに刃物を向けるその男は凶悪そうには見えなかった。
だからこそ礼拝堂という場所に勤めることが出来たのだろうが、男の顔は育ちが良さそうですらあり、そのことに、アミィは慄然としていた。
その部屋は、礼拝堂の最上階の真ん中に位置していた。
大きな応接机と広い窓が扉を開けた真正面に置かれていて、秀麗な緋色のカーテンと白い格子で飾られたその窓の向こうに、礼拝室の屋根が見えていた。
部屋の中央の応接机の右端を廻り込む様にしながら、ラルクが赤毛の男と対峙していた。
長い巻物が机から床の上まで転がり、床の上で紙面がぐしゃぐしゃに乱れている。
ラルクと赤毛の男の激しい争いの跡を残して、応接机を囲む絹張りの椅子は一部が倒れ、一部はあらぬ方向を向いて机から遠く離れた場所にあり、うち何脚かは壊れていた。
生きていてくれた。
胸が一杯になる。
「来るな」と言ったラルクの言葉は、アミィの心には届かなかった。
ラルクをここにおいて去ることなど、アミィには考えられないことだった。
一方で赤毛の男は、ラルクの名を叫んでいた女の立場が理解出来ずに、当惑していた。
粗末な服を着た女は奉納の参列者とは思えず、明らかに警護の者でもない。
ただ別の世界から現れたかの様な、驚く程に美しい娘だった。
だが女の素性は、この際どうでもよいことだった。
女は既に他に人を呼んだのだろう。
助けの到着が予測よりずっと早い。
捕まればすべてが終わりだ。刃物を構えたまま男は、低い可能性を思いながらも、自分が逃げ切るための僅かな希望を探した。
しかし耳を澄ませても他の人間の足音は聞こえて来ず、女の後ろからは誰も姿を現そうとしなかった。
この女は一人なのではないか。
咄嗟に男はそう判断した。
今なら逃げられるのではないか。
報酬を惜しんでいる場合ではなかった。
男はラルクに背を向けると、短剣を右手にしたまま扉に向かって駆け出した。
はっとして、ラルクは男が向かう先を見た。
扉の前にいたアミィは、白刃をひらめかせて自分に向かって来る男を見て立ちすくんだ。
「アミィ!!」
逃げろ。
言葉にならなかった。
扉の所で棒立ちになっているアミィを見て、ラルクは応接机を踏み越え、男の背中を追って宙を飛んだ。
背中に追い縋るラルクの気配を感じた男は、その一瞬、今振り返ればやれるのではないかと思った。
自信があった。
その時男の正面にいたアミィは、男の表情と体の動きの微妙な変化を見て取った。
「ラルク様、駄目です!!」
叫びながら彼女は、自分の全身を男にぶつけに行った。今度は体が動いた。