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浮浪者の娘  作者: 大久 永里子
第七章 奉納の儀
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第七章 第15話 父と母

 広い礼拝室の右後ろの扉から中に入った警護の男は、礼拝室の後ろをまず左端まで歩き、そこから左端の通路を通って、なるべく参列者達の注意を引かない様、静かに前方まで移動した。


 礼拝堂の中に警護の人間がいるだけでも異例なことで、それが動き回れば目立つ。


 男は気配を殺して最前列にたどり着いた。そして中央に座る主人の元まで進み、後ろの参列者達から姿を隠す様に身を屈めた。

「旦那様」


 足元に膝を着いた警護の者に、トーラン家の現当主、ジョシュア=オブ=トーランは、目で先を促した。



 犯人捜しの狂騒から人々の気持ちをらし、無責任な噂で犯人視されている幾人かの議員への疑念を和らげる。それが今日の奉納の儀の目的だった。


 出来る限り問題や騒ぎを起こさず祝典を終えたいという主人の意向を、男は理解していた。囁く様な小声で、男は報告した。



「女中のアミィが表に参っておるのですが。犯人が礼拝堂の中にいると申しております。」

「どういうことだ。」

 まさかアミィが見たという白金髪の男がいたのだろうか。

 ラルクの父は表情に動揺を見せながらも、警護の男と同じくらいに声を抑えて尋ねた。横で彼の妻も顔色を変えていた。



「それが……」警護の者はやや言い淀んだ。「職員のかたが犯人だと申しておるのですが…三階にラルク様と一緒にいると。」

「職員が…?!」

「キャリーが、外の窓から見たと。」






 ジョシュアは自分の体内で全身の血が引く音を聞いた。


「もう三階には向かっているのか。」

「いえ。」


 主人の表情で、ようやくただならぬ事態が起きているのだということを男は理解した。


「急いで向かえ!」

「はっ!」

 短く主人に応え、今度は男は駆け出した。

 周辺の仲間を集め、彼らを引き連れて走り去って行く。



 夫の隣でやり取りを聴いていた常に冷静なラルクの母が、珍しく取り乱し、駆け出しそうになっていた。

 ジョシュアは隣から腕を伸ばすと、妻を席に押し戻す様にしてそれを止め、彼女の膝の上で強くその手を握り締めた。


 礼拝室の中には壁で仕切られ、座席から見えない様にしている場所に、限られた者しか存在を知らない階段があった。

 ラルクが登ったその階段へ、警護の男達は駆けた。



 


 彼らが一番早く、腕もある。


 彼らで間に合わないのなら、もうどうやっても間に合わないだろう。


 そうであるなら今自分がするべきことは、無事の報告を待ちながら、なにごとも起きていないかの様に、ここに座っていることだった。











 ジョシュアの妻エリスが最後の子供を死産してから再び身籠みごもることはなく、結果として、ラルクはトーラン家唯一の男子となった。



 国の制度としては民主選挙制に移行している筈の今、嫁いだ娘達の子を養子にしてまで跡を継がせるような時代ではなかった。


 ラルクにもしものことがあったなら、トーラン家は政治の場から消えるだろう。



 いつまでもトーラン家の治世を継続させたいという訳ではない。



 だが万一ラルクを失った場合、トーラン家の当主であり父親でもある自分は、その影響の巨大さを受け止め切れるだろうかという不安を、ジョシュアはいつもどこかで抱えていた。




  まさかあれが本当になるということはあるまい。




 一月程前、自室に運び入れられた二つの棺。



 その不吉な残像で、胸が苦しくなった。




 判断力にも、武芸にも優れた息子だった。


 その運と力を、信じたかった。







  婚約者を残して逝く様なことはするな。



 何も起きていないかの様にそこに座り続けながら、これ以上ない程強く、父は心の中で息子に向かって叫んだ。

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