第七章 第14話 花
結果として男が鍵を閉めたことが、ラルクの命を救っていた。
本当にぎりぎりでラルクは突き出された刃物を躱した。
直後に男と体を入れ替える様にして鍵を開け―――――――――――
そこからは一度も扉に近付くことが出来ていない。
この職員は、二年前にはもう礼拝堂にいた―――――――――――――
胸を冷たくする現実だった。
あの短剣は部屋の中に用意していたのだろう。
長く勤めてそれなりの立場を得ていたからこそ、誰にも見咎められずにそれが出来た……。
礼拝堂が絶対安全とは、根拠がなかったな。
自分の甘さを、今更悔いる。
あとどれだけ持ち堪えていれば助けが来るだろう。
刃物を構えて、応接机を回りこむ様にして男が近づいて来る。
男が近づいて来る分だけ遠ざかり、ラルクは取り敢えず距離を保った。
これ程手こずるとは、男には予想外だった。
報酬の巨額さと、ラルクが丸腰であったことが男の最初の判断を惑わせた。
最初の攻撃の失敗で諦めず、だがそれから仕留め切れず、男は引き際に迷いながら、まだしばらく時間があると判断していた。
その時。
奉納品の目録を踏み、ラルクは足を滑らせた。
まずい。
獲物に飛び掛かる機会を得た男が身を屈め、力を溜める一瞬を、バランスを崩しながらラルクは見ていた。
突然扉が開く大きな音がした。
ラルクに飛び掛かりかけていた赤毛の男は、ぎょっとして扉を振り返った。
その一瞬で体勢を立て直しながら、ラルクも驚愕していた。
アミィ。
なぜ彼女が――――――――――――――――
祭を楽しんでいる筈だった。
キャリーと一緒に、街にいる筈だった。
「ラルク様!!」
生きていたラルクの姿を見て、アミィは叫んだ。
「来るな!!」
ラルクの叫びは、怒りに近かった。
アミィはいつも忘れ去られた花の様に、小さく、控え目に微笑った。
その価値に気付く者が少ないのだろう、と思えた。
踏まれない様にしてやりたいと思い、いつか自分の庇護を離れてもしっかりと咲ける様にしなけらばならないと、彼女を連れ帰った自分の責任を、分かっていた。
だのに、いつしか彼女が自分の手を離れていくごとに、寂しさを感じる様になった。
その花の価値に気付いていたのが、かつては自分だけだったとしても、いつまでもそうではない。
分かっているのに自分の手から離したくない気持ちが生まれて、そんな気持ちに気付く度、自分を叱った。
彼女はきっと、強く咲く。
巻き込みたくなかった。




