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浮浪者の娘  作者: 大久 永里子
第七章 奉納の儀
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第七章 第11話 尖塔の中の階段

「ラルク様は」

警護の男は仲間に尋ねた。

「中にいらっしゃるが」


「三階です!!」

自分をここまで伴った警護の男に疑わし気な表情を向けられ、アミィは叫んだ。


「ラルク様は三階です!犯人が一緒にいます!職員の人です!急いで!!」


 必死にアミィは訴えた。

 楽隊の者達が、なにごとが起きたのかという様子でこちらを見ていた。


 大扉の周辺に配備されている者達の中には、三階で署名が行われることを知っている者もいた。「三階」というだけなら話が理解されないこともなかっただろう。



 だが。



「職員…?!………なぜ君が犯人を知っている?」


 ここでも警護の者達は困惑した。


「キャリーが見たんです!!窓から見えました!!」



 彼らはキャリーのことも知っていた。

 が、子供の言うこと、と彼らは感じた。



 トーラン家の一家も警護の者達も、沿道を警戒していた。

 奉納の参列者の中に犯人に通じる人間がいる可能性も、排除しなかった。

 だが礼拝堂の関係者を、彼らは信頼しきっていた。


 警護の者達は二言三言話し合った。一人が「中を確認して来る」と言って、やはり大扉の横に設けられている日常使い用の扉を開けて、念のためという雰囲気で、礼拝室の中を見に行った。




  間に合わない。これでは。



 恐怖が、アミィの背を這いのぼった。



 

 彼らの動きは、鈍かった。





 アミィは後ろを振り返った。



 礼拝堂の入り口の左右の突き当りに、大きな階段が見えていた。


 頭の中で礼拝堂の外観と、目の前の景色を重ねた。


 今いるホールを挟むようにして両脇に建つ、尖塔の中を登って行く階段ではないかと思われた。




 あれで三階まで行けるのだろうか。

 ラルクは、あの階段を通って行ったのだろうか。




 彼らを待っていることが、出来なかった。


 アミィは階段に向かって駆け出していた。



 警護の者達は驚いた顔をしていたが、信頼性の低い話のために、持ち場を離れることの方が躊躇ためらわれた。


 誰もアミィを追わなかった。





 入り口を入って左の階段をアミィは選んだ。

 ラルクの姿が見えた位置に、近い方だった。



  間に合って。



 夢中で階段を駆けた。


 階段は突き当りで踊り場を経由して、そこから更に右上の方に続いていた。

 その突き当りの壁には大きな窓が設けられており、その窓から光が一杯に射していた。


 突き当りの壁面は外に面している。

 やはり尖塔の中だ、と分かった。



 この礼拝堂の二階には大きな書庫や職員達の事務室があり、その書庫はドウアの市民にも開放されていた。

 ドウアの人々は日頃この階段を通って二階へ上がっていた。

 幅の広い階段には、両(はし)を金色の留め具で留めた緋色の絨毯が敷かれていて、光が降り注いで、美しかった。








 誰がなぜトーラン家を狙うのか、アミィには分からない。




 ラルクもマーガレットも自分とはかけ離れた存在で、自分の想いは、決して叶うことがない。





 自分の手には、ずっと何もない。


 手の中も、心の中も、自分はずっと空っぽだ。




 空っぽの自分が何かを望むことが出来るのなら。




 死んでいたのも同然の自分に優しさを注いでくれたあのひとに、生きていてほしい。






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