序章 第6話
部屋に戻ると、ラルクは自分付きの女中頭マリアと執事頭のジョゼフを呼んだ。
「すまなかったな。ひどい臭いだったと思う。それであの部屋の時計とか絵とかはどうしたんだ?」
女中頭は若い主人の言葉をほとんど聞いていなかった。
「ラルク様!あんな乞食を中に入れられたりして、大旦那様や奥様になんて説明なさるおつもりです?!まさか面倒を見るおつもりですか?!」
「マリア、目の前で人間が死にかけていたんだ。」
「だからと言って………」
そこで三人は気まずく沈黙した。
そう、だからと言って乞食を拾ってくる人間などいないということは、ラルクにだってわかっている。それでも放っておけなかったのだ。
生きようとする気持ちが見えなかった娘は、あのままならほぼ確実に、時を置かずして死んでいたと思う。
長年トーラン家と自分に仕える二人を呼んだのは、家を取り仕切る彼らに頼むべきことがあったからである。
ラルクはしばらく彼女の面倒を見るつもりであり、それを別棟の父母には知られぬ様にしてほしいと、穏やかに二人に依頼した。
やはり二人とも良い顔はしなかった。
「ラルク様、このことを知ればマーガレット様だって快くは思われませんよ。」
ラルクより遥かに長く人生を経験している二人の見る目は、厳しかった。
ラルクの気持ちを優先してくれることの多いジョゼフより、マリアが特に否定的だった。だがマリアは厳しいが、いつも適確でもあった。
「マーガレットのことは心配しなくていい。とにかく長い間のことではないから、頼むよ、マリア、ジョゼフ。」
「どうなっても知りませんよ。」
それがマリアの返答であった。