第七章 第10話 恐怖と戸惑い
自分は今、どこにいるのだろう。
目の前の白い階段すら、現実感がなかった。
ラルクと犯人は窓から遠ざかり、姿が見えなくなっていた。
ラルク様。
お願いです。
どうか。
どうか持ち堪えて――――――――!
ガーランドの人々は、礼拝堂の階段でたむろする様なことはない。
広場の賑わいに拘わらず、階段から先は静謐が保たれていた。
そこに辿り着いてようやく人波を抜け出したアミィは、舞台の様に大きなその白い階段を、一気に駆け上がった。
礼拝堂の入口に配されていた二人の警護は、アミィの顔を見知っていた。
転げそうな勢いで駆けて来るアミィのただならぬ様子に、何かが起きたと感じて、二人は緊張した。
警護の二人に駆け寄りながら、アミィは叫んだ。
「犯人が、中にいます!!ラルク様が!!三階です、早く!!」
「三階」、と言う言葉に、だが二人の男は戸惑った。
礼拝堂の入口に配置されたこの二人は、「目録への署名」という手続きが、三階で行われることを知らなかったのだ。
なぜ彼女が犯人と、それが三階にいることを知っているのか、という困惑の方が大きくなった。
「三階?」
「三階です、犯人は職員の人です、早く!!」
彼らが即座に動いてくれないことに、アミィは心が引き千切られそうになっていた。
真に受けるべき話なのか、判断がつかなかった。
だが兎も角中に報告しようと、警護の男達は扉を開け、アミィを中へと促した。
もともと入口のホールまでは部外者を入場させてよいことになっていたので、その決断は容易かった。
礼拝堂の正面の巨大な扉は開け閉てするのも大変なものなので、正面扉に向かって右横に、日常の出入り用の扉がもう一つ設けられている。
警護の二人はこの日用使い用の扉を挟んで左右に立っていたのだが、一人がアミィを連れてそこから中に入った。
早く。
早く。
早くラルクを助けに人を。
頭がおかしくなりそうな恐怖の中で礼拝堂に入ったアミィは、予想していなかった様子に出会って、戸惑った。
アミィは、この礼拝堂の中に入ったのは、初めてだった。
トーラン家の使いで街に出た時に何回か前を通ったことはあったが、これまで中に入ったことがなかった。
入った所が奉納者の一行の姿が見えない、がらんとした空間になっていたことが彼女には予想外だった。
右端に、楽隊の者達だけが固まって腰掛けている。
広い空間を挟んで向こう側に両開きの大きな扉があり、そこに警護の者が何人も立っていた。
恐らくあの扉の向こうに奉納者はいるのだろう。
アミィを中に入れた警護の男が、小走りで仲間の元へ向かう。アミィもその後に従い、急いだ。
ラルクはどこから三階に登ったのだろう。
礼拝堂の構造が分からないことが、救援が辿り着くまでの時間を測り難くさせて、不安を極限まで大きくした。




