序章 第5話
「すまないね。部屋が三階にしかなくて。」
ラルクは説明してみたが、女は怯えた目でラルクを見るだけだった。
三階まで登って、ラルクは彼女を降ろした。
支度されていたのは客用寝室の中の一番奥の部屋だった。
扉を開けると、中は薄暗かった。
灯の入ったランプがベッドサイドの小さな机と、ベッドの足許にあるソファテーブルの上に一つずつ置かれていたが、壁面に三か所設けられた燭台には、ろうそくは用意されていなかった。火が灯っていないのではなく、ろうそく自体が挿されていなかった。
そして命じてもいなかったのに、室内の高価な調度品の数々が運び出されており、青年は使用人達の彼女に対する敵意と警戒心の程を、改めて知らされた。
むろん部屋の元の状態を知らなければその変化も分からないから、ラルクは使用人達の敵意を彼女に悟られぬ様、表情を変えることなく、部屋の設備を彼女に説明した。それから自分の部屋の場所と、互いの部屋の位置関係を説明し、何かあったら自分の部屋に来る様言って聞かせた。
彼女が黙ったままなので彼女の理解の程が分からず、ラルクは自分の部屋の位置を三回繰り返して説明した。
「分かったね?」
念を押しても彼女はただ怯えた瞳でラルクを見返すだけで、頷くことすらしなかった。
返事はないが、おそらく分かっていない訳ではないのだ。さすがに四回目を繰り返すことはせず、若者はこの場を立ち去ることにした。
「明日の朝食の時、また人を迎えに寄越す。お休み、お嬢さん。じゃあ僕はもう行くからね。また明日。」
眠りに就く前の挨拶をして彼女を部屋に残し、青年は扉を閉めた。
部屋に一人残された女は、途方に暮れた様に佇んでいた。