第五章 第5話 手掛かりを追う
警備の者達は要所要所にいつも通りに立っていたが、その日のトーラン家の邸内はがらんとしていた。
葬儀に参列出来る限りの使用人達は皆葬列に加わっており、邸は主人と共にその命を失ったかの様に、静まり返っていた。
父子は本棟の、今朝まで棺が安置されていた部屋の続き間に潜んでいた。
他の使用人と出会わずにその部屋まで着くことが出来たアミィは、鍵の掛かった続き間の扉をそっと叩きながら自分の名を告げた。
少しの間の後、扉は小さく開けられ、アミィは中に滑り込んだ。
廊下に面した大きな部屋の他に、寝室や書斎のあるその場所は当主夫妻の部屋で、ラルクと父は今日は朝から書斎に隠れていた。
書棚が囲むその部屋の中で、ラルクも父も、憔悴した顔をしていた。
全員で工夫してこなしているとは言え、食事や風呂や、洗濯といった「生活」を、邸内の人間に気付かれずに続けることは、困難だ。
財産分与の必要も生じてしまう。
現実的な様々な問題から、父子はこの狂言の期限を四日と決めていた。
何よりラルクの父は、政治の場でのトーラン家の死を恐れていた。
「何があったんだ。」
予定外に戻って来たアミィに驚き、ラルクは尋ねた。
「レイズ=オコーナーに、会いました。」
「レイズ?」
予想もしなかった名前に、一瞬ラルクは戸惑った。
だが一瞬後に、彼女の言葉が意味することに気が付いた。
まさか。
そこからアミィは青ざめた顔で、父子に懸命に起きた出来事を報告した。その話に驚き、危険なことをしてくれたアミィが無事でよかったと、彼女を見つめながらラルクは思った。父も、驚いた表情でアミィを見ていた。
アミィの話が終わると、父子は兎も角も、室内の書棚から、市内の地図を引っ張り出した。
問題の邸をアミィに探させると、アミィが指し示した場所には、"マクドウェル"と記されていた。
「商人だ。」
父がその名を記憶していた。
ただ、トーラン家がその商人と関わった覚えがなかった。
まずラルクはアミィに、アンドリューを呼びに行かせた。
しばらくしてアンドリューがアミィと共に密かに部屋にやって来ると全員で腰掛け、父子はアミィに、葬列に声を掛けて来た男の人相を語らせた。
白金髪の、浅黒い肌に、薄茶色の瞳と、微かな訛り。
話を聴く内にアンドリューは興奮して立ち上がり、すぐにもマクドウェル邸へ走り出しそうになった。アミィが語る男は、間違いなく彼を脅迫していたあの男だった。
ラルクは父を見た。父は判断を任せると言う様に、無言で頷いた。
ラルクはアンドリューに、まずジョゼフ達に知らせて、レイズや白金髪の男を探し、マクドウェルの周辺を探る人手を手配させる様指示した。
アンドリューは邸を出て、葬列の後を追い掛けて走った。
後一日だ。
他に手掛かりはなく、明日中にキャリーが見付からなければ、マクドウェル邸に強制的に踏み込むよりないかもしれない。
しかしなんの証拠もないことで、キャリーが本当にそこにいるのかどうかも分からなかった。
書斎の机の上に置かれた、時計の針が動いていた。
期限と心を刻むその音に、アミィは耳を傾けていた。




