第五章 第4話 逃げる者
レイズだった。
頬がこけ、人相が変わってしまっていたが、レイズだった。
元から長めだった黒髪が更に伸び、乱れていた。
レイズは持てない荷物を諦め、持てる分だけを布に包んで小脇に抱え、身に着けられる物は身に着けて行こうとしていたので、夏だというのに、着膨れしていた。
レイズは心底ぎょっとした様にアミィを見つめ、そのまま固まっていた。
あの夜のことが体中の気色の悪い感触として甦り、アミィも一歩も動けなくなった。
動いたのは、レイズが先だった。
顔を伏せてアミィの横を擦り抜け、レイズは足早にアミィの向かっていた方と反対の方向、彼女の来た方向へと歩き去ろうとした。
あからさまに不審な態度だった。
恐ろしい符号に気付いた。
まさかこの人が。
立ち去ろうとするレイズの背中を、アミィは血の気の引く思いで見つめていた。
レイズが出て来た邸の玄関を、振り返って再び見てみる。
邸の門柱に、弔意を示す黒い布が括りつけられていた。
だが玄関から他に出て来る者はなく、邸の窓にも人の姿を見付けられなかった。
数秒迷って、決意して、アミィはレイズを追おうとした。
途端、レイズが全速力で走り出した。
「あっ」
小さく声を上げ、アミィも走った。
あっと言う間に振り切られた。
レイズが二つ角を曲がる所までは追えた。だが、二つ角を曲がった後は、その姿を見失った。
キャリーに繋がる手掛かりであるかもしれないのに。
アミィは必死で辺りを走った。
だがレイズの姿をもう一度見付け出すことは出来なかった。
一日。
後一日しかないのに。
膨れ上がる焦りの中で、考えて、彼女は急いでもう一度、先刻の邸の前まで戻った。
少し離れた場所から、アミィはその邸の様子をしばらく窺った。数十分見ていたが誰かがそこを出入りすることはなく、再び玄関が開くことはなかった。
長くここに留まっていると、危ないかもしれなかった。
喪服程目立たないとは言え、紺地に白襟のトーラン家の使用人服を知る者は多かった。
これ以上ここにいれば、見咎められかねない。
アミィは悩んだ。
もしかして、ここにキャリーはいるかもしれない。
だが証拠もなく、一人で踏み込むのは、無理だ。
一度戻ろう。
彼女は、トーラン家に戻ることを決断した。
邸のトーラン父子が潜んでいる部屋で。
思いも掛けないところで出て来たレイズの名に、ラルクは驚愕した。




