第五章 第3話 追跡
あの時は気付かなかった、微かな訛り。その僅かな特徴に、今気付いた。
失敗した、と思った。
ウェルデ夫妻はキャリーが帰って来た場合に備えて、邸の留守番役に残っていた。
アンドリューに、確かめることが出来ない。
顔を伏せたまま男の前を通り過ぎたアミィは、しばらくしてから後ろを振り返った。
男はまだ、棺を目で追っていた。
だがやがて踵を返すと、白金髪の男は、葬列と逆方向に立ち去って行った。
マリアかジョゼフにだけでも知らせたかったが、女中頭や執事はずっと前方の、親族のすぐ後ろに続く位置にいて、とても無理だった。
アミィは目で男を追い続けた。
葬列を見送る群衆の前を歩いて行った男は、交差点に辿り着くと、右に曲がって見えなくなった。
ようやく現れた、敵に繋がる手掛かり。
このままでは見失ってしまう。
少しの間、躊躇った。
そして遂に、アミィは葬列を離れた。
葬列には各地から駆け付けた、トーラン家に縁のある多くの人達が加わっていて、驚く程の人数になっていた。一人くらいがそこを離れても、特別気に留める者はいなかった。
葬列に逆行し、男の跡を追って群衆の前を通って交差点に辿り着き、アミィは右の道を覗き込んだ。その道を向こうへ遠ざかって行く、男の背中が見えた。
第一に、キャリーを無事に取り戻すこと。
第二に、犯人を突き止めること。
ラルクとその父は、優先順位をそう指示していた。
キャリーの元へ、辿り着けるかもしれない。
緊張と恐怖で心臓が激しく打ったが、アミィは男の後を追って、その道へと足を踏み出した。
喪服を持ち合わせていなかったアミィは、使用人の制服姿だった。幸いというべきなのか、街を歩いていても喪服程には目立たない。
都市は近年記憶にない様な悲劇的な事件に、騒めいていた。
葬列を見送る道には市民がひしめいており、何かの理由で沿道まで出て行けない者や、既に棺を見送った者達が、その道を外れた場所でも、所在なげに路上に彷徨っていた。
その人々の蔭に隠れる様に、アミィは男の背を追った。
気付かれれば、事態を悪くするかもしれなかった。
距離を置き、注意深く、アミィは男を追った。
その距離のために、男が角を曲がる度に見失わずに済むかどうか、賭ける様な心地だった。
かなり長い距離を、アミィは追跡した。
幸運というべきか、30分近くを、見失うことなくアミィは追跡出来た。だがある角を曲がった時に、とうとう彼女は男の姿を見失った。
曲がった角の先に、男の姿がなかった。
またすぐにどこかの路を曲がったか、通りに並ぶ家のどれかに入ったのだと思われた。
大きな家が建ち並んでいる路だった。
左右を探しながら、アミィは小走りにその道を進んだ。
少し先に、一際大きな邸宅があって、目を引いた。
広い敷地を優美な鉄柵が取り囲んでいる。手入れの行き届いた大きな前庭があり、その前庭を縦断して、立派な敷石が、門から四階建てのその邸宅の玄関まで、まっすぐに敷かれていた。
その邸の敷地の手前辺りまで、アミィが辿り着いた時だった。
鉄柵越しに、邸の玄関から人が出て来るのが見えた。
だがあの男ではなかった。
もっと先まで探そうと、一端立ち止まったアミィはまた走り出した。
そして彼女が丁度その邸の門に差し掛かった時、俯きながらふらふらと邸から出て来たその人物も、そこに辿り着いた。
そして、双方が見知った顔に気付いて凍り付いた。




