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浮浪者の娘  作者: 大久 永里子
第五章 事件の日
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第五章 第2話 葬列

 窓のない部屋に閉じ込められていたレイズは、デニスの部下に突然解放された。


 「出て行きな」と言われて、マクドウェル邸に持ち込んだ所持金も荷物も全て返された。


 レイズは慌てて、身に着けられるものを身に着けだした。




 必要が生じた時のためにデニスが「飼っていた」レイズが、トーラン家を解雇され、デニスの邸にやって来たのは、デニスにとって意外な出来事だった。

 偶然にもこれ以上ない程のタイミングで、レイズはデニスの手の中に転がり込んで来たのだった。


 デニスは、レイズがトーラン家について知る限りのことを全て話させた。

 そして用が済んだのだ。

 馘首くびの理由も白状させたが、考えの浅そうなこの男らしい、と思っただけだった。


 デニスから見てレイズは脅威にはならない、その程度の男だった。

 あの男は不服そうだったが、デニスはレイズを解放した。


 ガーランド語の流暢りゅうちょうさからして、大陸の男はこの国に大分長く住んでいるのだろうと思えた。

 それにも拘らず「不必要に殺す方が面倒が増える」この国の流儀を、未だに受け入れることが出来ない様子の大陸の人間が、この国の表には出ない部分に入り込みつつあることに、デニスは薄ら寒さを覚えた。

 だが大陸の人間との協働は、この世界におけるデニスの位置を、飛躍させる可能性も秘めていた。


 男は、報酬が街の両替商で引き出せることを告げて、デニスの邸から去って行った。



 この日レイズは、トーラン父子おやこの死も、その日が葬式の日であることも知らされていなかった。

 ただ自分がデニスに色々話してしまったことでトーラン家に恐ろしいことが起こるのを見る前に、誰にも見つからない場所に逃げたいと思っていた。







 昼前に二つの棺を先頭にした長い葬列が、トーラン家を出発した。


 礼拝堂の尖塔に吊るされた二つの大鐘おおがねが、弔事を知らせるゆっくりとした拍子で打ち鳴らされ、悲しい音色が街中に響き渡っていた。


 トーラン夫人は駆け付けたラルクの姉達には真実を伝えた様だったが、それ以外の者達に対しては、秘密は守られていた。

 

 主治医が遺体が傷み始めていることを理由に、親族にすら亡骸を見せぬうちに棺の蓋を打ち付けさせてしまったので、ほぼ誰も、最後の対面を果たせなかった。



 キャリーは戻って来なかった。


 ラルク達父子(おやこ)は、この寸劇の期間を四日と定めていた。

 

 今日が三日目で、期限は後一日だった。


 首長家の父子おやこの死を悲しむ市民たちが、沿道に溢れている。市民の悲しみの声の中、棺にトーラン夫人とマーガレット、そして親族が寄り添っていた。


 その遥か後ろを、アミィも歩いていた。



 葬列に、声を掛ける男がいた。


「気の毒に。毒殺だって?」


 喪服に身を包んだトーラン家の女中が、ハンカチに顔を埋めたまま頷く。

「ご子息は婚約中の身だったてのにねぇ。」

 そう言ってその男は、列の先頭で使用人の男達に担がれている二つの棺を見やった。


 その少し後ろをの参列者に囲まれて歩いていたアミィは、男の声をどこかで聞いたと思った。


 うつむいて男の前を通りながら、目の端で、アミィは男の顔をうかがった。浅黒い肌が珍しくて、以前に見ていれば忘れないと思えるのに、見覚えがなかった。


 何かが心に掛かって記憶の中に彷徨さまよいかけたアミィを、男の言葉に感じる微かな訛りが、大きな声で呼び止めて、捕まえた。

 

 アンドリューを脅迫していた男だ。

 そう気付いて、ぞっとした。

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