第四章 第7話 邸内を彷徨い
いつもと同じ邸の中が、別の世界のものの様に感じられた。
自分が何に巻き込まれているのか、思索を閉じて考えない様にしていたかった。
あの男達は知っていて、自分に目を付けたのだろうか。
トーラン家の使用人の中では古株になるアンドリューは、本棟と西棟の両方の食材の調達に関わっており、本棟の台所にもよく出入りしていた。
あの男達がそれを知っていたのかどうかは、分からない。
もし知っての上でのことだとするのなら、どこで誰が邸内の様子を覗き見て彼らと内通しているのかと、空恐ろしくなった。
キャリーが誘拐されてすぐに、接触してきた男達に、アンドリューは毒の小瓶を渡されていた。
それ以来、父子の毒殺を迫る男達に抗いながら、キャリーを返して欲しいと懇願し続け、今日まで来てしまった。
男達の言うことが本当であるとするなら、毒殺というのはそんなに容易なことではないらしい。
毒は決して無味無臭ではないので、毒を盛る料理も混ぜ方も選ばなければならないらしく、アンドリューは彼らにその指示もされていた。
しかし大勢の使用人達の目を盗みながらそんなことをするのは、簡単なことではない。
たとえ成功したとしても自分は捕まる、と思った。
それ以前に、敬愛する父子を害することなど、彼にはとても出来ないことだった。
娘を救いたいという思いと、主人を害したくないという思いの狭間で追い詰められ、遂に期限を切られたアンドリューは、運命を天に任せる選択をした。
一対一なら、毒より刃物の方が確実かもしれなかった。
その場で自分は捕まるだろうが、彼らはなぜかラルクの方によりこだわっていたから、もしかしたら、ラルクと引き換えにキャリーを返してくれるかもしれなかった。
一方で、トーラン家の長男として武術も修めているラルクには、不意打ちで襲っても返り討ちにあうかもしれなかった。
そうなったら、キャリーと一緒に天国に行こう。
足は宙に浮いている様で、頭は霞がかかっている様だった。
フラフラとラルクの部屋の前に着き、シャツの中の短刀の感触を確かめてから、アンドリューは扉をノックした。
「どうぞ。」
ラルクの声が応える。
もう部屋に入らざるを得ない。
呼吸を止めて、アンドリューは扉を押し開いた。




