第三章 第1話 揺らぎの芽
いざ共に働くとなると、使用人達は皆思ったよりも親切にアミィを迎えた。
特にキャリーは、アミィの引っ越しに大喜びだった。
使用人部屋は男性用、女性用、家族用の区画に分かれて、一階に固まっていた。
キャリーの一家は家族用の部屋に住んでいたが、三階の客室と比べれば、ずっと行き来がし易くなったのだ。
一方、レイズの突然の解雇の理由は、ごく僅かの者しか知らないままでいた。
ラルクは父に、レイズの事件を「彼が女性を襲った」としか話さなかった。
アミィの容姿が周囲の人々にありもしない不安や憶測を与えることは分かっていたので、こういう事件でアミィの名を出したくなかったのだ。
今でも「レイズがアミィをころそうとした」と思っているキャリーも、娘の話で事情を察した両親に口止めされていた。
多少の動揺はあったが、日頃から無用な詮索や噂話を厳しく戒められているトーラン家の使用人達は、「不祥事」の内容をしつこく追及しようとはせず、ほどなくして落ち着いたのだった。
しばらくが過ぎていた。
試用期間とは言え、使用人として働くのであれば、女中頭のマリアにとって、アミィは自分が導かねばならない存在だった。
意外に思ったが、仕事を教えてみるとアミィは覚えも早く、その上何をやらせても真面目で一所懸命だった。
何より気質が善良だった。決して少なくないこととして、仕える家の金品をくすねる様な輩には、多くの邸が悩まされている。アミィの周りで邸の物が無くなったり減ったりすることはなく、それは重要なことだった。
アミィを知るに連れ、こんな娘がなぜあんな姿になって街を彷徨っていたのかと、彼女が初めてこの邸に来た日のことを思い出して、痛ましくなった。
マリアはアミィのラルクに向ける想いに気付いている。
出来れば叶わぬ想いは捨てて、この邸に自分の生きる場所を摑み取ってほしかった。
その日、邸内に活けるための花を摘んで来る様に言われたアミィは、剪定用の鋏を持って、庭に出た。
指示された花を選んで摘みながら、アミィはそっと二階のラルクの執務室を見上げた。
時折その窓越しにラルクの姿が見えることがあり、その姿を無意識に求めていた。
太い釘を打ち込まれた様な重みを胸に感じて、アミィは目を反らした。
窓に、一人ではなかったラルクの姿が見えた。
「あら、あれアミィね、ラルク。」
マーガレットの言葉に、ラルクは窓辺に歩み寄った。
アミィが、花を摘んでいた。
マーガレットは苦笑した。
きちんと自分の体に合わせた服を着て、髪を結い、花を抱えるアミィは一層美しさを増していて、生きた絵画の様だった。
「あの人会う度綺麗になるわね。少し羨ましいわ。」
「お前みたいに綺麗なご婦人が言うんじゃないよ。」
ラルクは微笑んで婚約者の背を抱いた。
ラルクの腕の中で、マーガレットは幸せそうに笑った。
二人はそのまま窓辺で寄り添い、しばらく語らっていたが、ふとラルクを見上げたマーガレットは、恋人のぼんやりとした眼差しに気が付いた。
ラルクの視線を追うと、その先はまだアミィの上に留まり続けていた。
マーガレットの声が途切れたことに気付いて、ラルクは隣へ向き直った。そしてどうしたのかと言う様にマーガレットの顔を覗き込んだ。
マーガレットはなにごともなかった様に話を再開した。
だがその胸に、初めて小さな不安が生まれていた。




