第二章 第9話 当主と息子
咄嗟に言葉もないラルクに、父親は紙切れを手渡した。封筒に入っていたのだろう形に、折り目が付いている。
「今朝わたし宛に渡り廊下に置かれていた。」
それ以上は言わず、父はラルクが文章に目を通すのを待った。
ご主人様へ
ラルク様はもう一月以上、浮浪者の女性を客用寝室に内緒で
置かれておいでです。お調べ下さい。
それだけの短い文章だった。
歯を食い縛り、ラルクは怒りに耐えた。
それがレイズの筆跡であることに、彼はすぐに気が付いた。
父と母の視線はラルクの返事を待っていた。だがすぐには返事の出来ぬ息子を見て、父は立ち上がった。
結局、部屋を変えることになった。
庭を臨む大きな窓がある談話室で、新緑に彩られた窓の前に立った父と、自らも立ったまま向かい合い、うまく言い逃れるべきか、正直に事実を話すべきか、ラルクは考えていた。
この手紙があっては、今どの様に言い逃れても、後日父が事実を調べるだろう。誤魔化しようがないと思った。
ようやく、青年は答えた。
「確かに、部屋に人を置いています。放っておくと死にそうだったので、わたしが助けました。」
「なんでそんな馬鹿な――――――」父は一瞬絶句した。「そんな女を拾ってどうする。すぐに出て行って貰え。」
浮浪者を家に引き入れるなど、父親には常識を外れた行動だとしか思えなかった。
だがラルクはここで引き退がる訳にいかなかった。
人間をそう簡単に、もう一度放り出せる訳がない。
「お父様、一度助けた以上、わたしには責任があります。彼女を雇わせて下さい。」
「雇う?!浮浪者を?!馬鹿かお前は!!大体その女は幾つだ。」
「17です。頭もよく性格も素直です。」
「17だと?!そんな娘を一月も置いてたのか?!マーガレット殿がどう思うと思う、馬鹿者!!」
「心配なさらずに。マーガレットはもう彼女のことを知っています。」
「―――――――」
呆れて、父はしばし黙った。
「つまりお前は拾った以上は責任を果たしたいという訳だ。」
「はい、お父様。」
「やましいことはないんだな?」
「当然です。」
その言葉に、ラルクはやや語気を強めた。
「しかし……この手紙はそうは思わない者が寄越したんじゃないのか?」
やや考えあぐねた表情で、手紙を左手に掲げて父が言う。
「その手紙を書いたのは、レイズ=オコーナーです。不祥事があって、今朝わたしが馘首にしました。お父様には今日お話しするつもりでした。」
「馘首?!一体何があったんだ。」
「詳しくは後でお話しします。とにかくレイズはそれを恨んで、行きがけに残して行ったんでしょう。でもこれで使用人が一人減りました。彼女をその代わりに置かせて下さい。」
そう。使用人が一人減ったのだ。
いい口実が出来たじゃないか。
思う様にはならない。
瞳の中に静かな意志を湛えて、ラルクは父を見つめ返した。
父親は腕を組んで口を閉ざすと、思案し出した。




