第二章 第3話 彼女の過去と未来
予想外のことだった。
アミィは14歳になる直前まで、学校に通っていたと言うのだ。
ラルクはアミィにかつて家族がいたのだとしても恐らくはひどく貧しい家庭で、その家族も早い段階で失われたのではないかと想像していた。13歳まで学校に通える程度にまともな家庭で育った娘が、浮浪者になる経緯が、分からなかった。
ガーランドの義務教育は7歳から14歳までだが、貧しい家庭では子供を働き手として当てにしていて、学校に通わせない親もまだ多い。だがアミィは、義務教育が修了する直前まで、教育を受けているのだ。人並の家庭で育っていた筈だった。
執務室で応接机に向かい合って座って、なるべくゆっくりとラルクは彼女に話を訊いた。
「じゃあ―――――…君には家族が…?」
少なくとも、13歳まではいたのだろうか。
だがラルクがそう尋ねた瞬間に、アミィの表情が凍った。
それは出会った時の、生気のない、虚ろな表情だった。
ラルクが予感した通り、アミィはその問いに答えようとしなかった。
そんなアミィの様子をしばらく見つめて、ラルクは質問を変えることにした。
「……7歳から13歳までずっと?―――どこの学校に…。」
「フォスター学院………シャーロット市です………」
呟く様に答えるアミィは、意識を疑いたくなる程、無表情だった。
シャーロット市。
ドウアのすぐ近くの都市だった。
「シャーロット市……?すぐ近くの都市だ。それでどうして――――――――…」
どうして、いつ この都市に。
あんな姿で。
自分と出会うことになったのか。
アミィの返事はなかった。
口をつぐむアミィを前に、触れてはいけない傷なのかもしれないという躊躇いが、ラルクをその先の質問から押し止めた。
様々な可能性を想像した。
だが想像は想像に過ぎなかった。
沈黙の後、今言えることだけをラルクは口にした。
「―――アミィ、僕は君にここで働いて貰えればと思っていた。だけどもし君に帰れる場所や、君を探してる人がいるなら……」
ラルクがそこで言葉を切ると、二人の間に再び沈黙が落ちた。
そして無言のまま、アミィはゆっくりと首を左右に振った。―――――虚ろに、表情のないままに。
「――――――――――」
数拍の間の後、ラルクは溜息と共に立ち上がった。
彼女の過去と未来を、どう理解すればよいのだろう。
アミィが口をつぐんでしまっては分かりようがなかったが、今はとてもこれ以上を聞けそうになかった。
執務机の向こうの窓越しに庭を見つめて、やがてラルクはアミィを振り返ると、小さく笑った。
「先刻のクロイスター氏というのは、市議会の議員なんだ。僕の婚約者の父上でもある。」
アミィが顔を上げた。
「婚約者の名前はマーガレットって言うんだ。一度君も見てるよ。よくここに来てるしね。」
ラルクを、アミィは不思議そうに見つめていた。
この人はなぜこんなに優しいのだろう。優しくされる理由もない。
優しい瞳で、ラルクは他愛もない話を続けていた。
その時、扉を叩く音がした。
ラルクが顔を上げ、そちらを見やる。
「どうぞ。」
入室の許可を得て扉を開けたのは、マリアだった。
「ラルク様、マーガレット様がお見えです。」
「マーガレット?」
美しい、ブルネットの女性がマリアの後ろに立っていた。
マーガレット当人だった。近くまで来たので寄ったのだと言う。微笑を湛え、ラルクの婚約者はアミィに目を止めると、軽く会釈した。
慌ててアミィは立ち上がった。
自分ごときに頭を下げて挨拶をする女性に驚き、動転した。ぎくしゃくとマーガレットと、それからラルクに一礼し、飛び出る様にしてアミィは部屋を出た。
胸の奥に、小さな痛みがあった。