第二章 第2話 生きることの回復
アミィの体が快復するのに比例して、ラルクとアミィが交わす言葉も増えて行った。
とは言っても二人の会話はラルクが話していることがほとんどで、アミィはその都度、ひっそりと花が咲く様に小さく微笑って、頷いているだけのことが多かった。
彼女が一番よく話す相手は、他にいた。
青年はやっぱりちょっと悔しく思ったが、それはキャリーなのだった。
大人ばかりの邸内で遊び相手をしてくれるアミィに、キャリーはよく懐いた。
二人が一緒に笑い合う姿を、ラルクは度々見掛けた。
キャリーと二人でいる時のアミィにはおどおどした様子は見えなくて、その時だけは彼女はなんの問題もない、普通の娘の様だった。人目を引かずにおかない美しさと言う点で、違う部分で普通ではなかったが。
一月が経とうとしている。
足を引き摺る様な歩き方も消え、彼女はほぼ人並に動ける様になっていて、ラルクはそろそろアミィを使用人部屋に移すことを考えていた。
言葉少ないままの彼女に、自分と出会う前のことをラルクはまだ訊きあぐねている。
だがアミィに今頼るべき身寄りがないのなら、彼女に生きていく術を与えなければならないのは変わらなかった。
いつまでも客人扱いでは、彼女への使用人達の反感を強めてしまう。
ラルクとキャリー以外に対しては相変わらず怯えた様子で最小限のことしか話さない彼女は、みんなからあまり快く思われていない。
ただ、アミィの将来だ。ここで働くつもりがあるか、一度彼女の意志をきちんと確認しておかなければなけらばならなかった。
彼女がそれを望まないなら、他の働き口を考えなければならない。
問題はもう一つあった。
アミィがここで働くことを選んだとしても、トーラン家の使用人の数は、ラルクが自由に増やせるものではなかったのだ。
使用人の数と賃金の総額は、本棟の父の執事が集計して管理している。
使用人は基本的に人の紹介で来た者か、前の勤め先に推薦状を書いて貰えた者、あとは先祖代々そこに勤めている者だ。
その職業柄信頼出来る人間性が最重視されており、身許も定かでない者をトーラン家で雇ったことはない。
とは言え、人柄が保証出来ないただの「知人」程度を紹介されることも多く、「紹介」は実際には玉石混交だ。
ラルクにすればいい加減な紹介より、一ヵ月間近で様子を見てきたアミィの方が、余程信頼出来た。その点にはおそらく父も同意する。
だが使用人を一人増やす理由を含め、最終的に父を納得させるためには、大分粘らなければならないかもしれなかった。
そのアミィと、執務部屋を出た所でラルクは鉢合わせた。
「アミィ!どうしたの。初めてだね、ここへ来るの。」
「あっ、いえ…!…いえ、お邸の中がよく分からなくて………ラルク様はこの辺りでお仕事されてるとキャリーに聞いたので………どんな所かと…お邪魔する気は全然………」
ラルクも驚いたがアミィにも予想外だったらしく、しどろもどろに彼女は応えた。
目を合わす時間が、前よりずっと長くなっていた。
確かな変化が嬉しくて、青年は優しく笑うと、ドアを大きく開けた。
「さあどうぞ、じゃあ中へ入ってみれば?マイク、すまない、これを誰かに届けさせてくれるか?」
アミィを中へ促しながら、ラルクはアミィに付き添っていた使用人に封書を手渡した。
その時、目の前を横切る封筒の表書きを、何気なくアミィは読み上げた。
「クロイスター様………」
驚いてラルクが振り返った。
これまでアミィに見せたことのない鋭い表情と強い口調で、彼は尋ねた。
「字が読めるのか?!」
「はい…。」
ラルクのその反応に怯えて、微かに震えながら、アミィは応えた。