第二章 第1話 大陸の男
この男は大陸の人間だな。
デニスは思った。
「手伝え」、と言われて来たと言う。
白金髪に、酷薄そうな薄茶色の瞳。
薄い髪色と瞳の色に、浅黒い肌の組み合わせは、ガーランドでは珍しかった。
ガーランド語は巧みだったが、気を付けてよく聴いてみると、微かに訛りがあった。まあそれも意識して聴くからで、そうでなければ気付かなかったかもしれない程だった。
デニスも特に椅子を勧めなかったが、現れてから男は一度も座ろうとせず、ずっと立ったままでいる。
年齢は三十を超えたくらいか。
下手に人数が増えるのは不安だったが、依頼が依頼だけに、先方も監視役を送り込んでおきたいのだろう。
依頼主も大陸の人間であるのかは、気になる所だった。
縄張りを荒らされるのはご免蒙りたい。
だが報酬の巨額さと、麻薬の取引価格の優遇、という条件に心が動いた。その優遇額は、決して小さくなかった。永続的にそれだけの利益を得られるなら、デニスの将来を変える可能性があった。
王制、貴族制は陰謀の歴史だ。
服だけ着替えて王制が残されているために、自分の様な人間が暗躍する世界も残されている。
こんな時のために、「王族」や有力者の情報は常に収集していた。
デニスは依頼を受け、男も受け入れることにした。
自邸の一室を男に提供することにして、申し出に頷いた男に、デニスは一言訊いた。
「ガーランドは長いのか。」
男の表情が微かに動いて、じろりとデニスを見降ろした。
答えなかった。
その問いは、男がガーランドの外から来たことを前提としていたからだ。
デニスも返事を必要としていなかった。
「分かっているとは思うが、標的以外は殺すなよ。この国じゃ、殺した方が面倒になる。」
やや意外そうに、男はデニスを見た。
やれやれ、面倒だ。
これに意外そうな表情をする男から薄らと感じる狂気は、危うかった。
ガーランドでは警察があまり機能していない。
国家統一の際に、軍隊に対するほどの熱心さを持って取り組まれなかったために、統合にしくじった組織の一つが警察だった。
概ね治安のいい国なので、それが大きな問題にならずに済んでいるのだが、ガーランドの警察はほぼ上流階級のためだけの組織で、庶民のためには殺人事件でもなければ、動かなかった。
逆に言えば死体さえ出なければ、警察が動くことは滅多にないのだ。
「勘弁してくれよ…」
呟きながらデニスは、自ら部屋に男を案内するために、立ち上がった。