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浮浪者の娘  作者: 大久 永里子
第一章 言葉《ことば》
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第一章 第5話 言葉《ことば》

 娘が喋った言葉を訊くため、少し経ってからラルクは先程の使用人を部屋へ呼んだ。

 尋ねると、話した内容自体は大したことではなかった。

「大丈夫?」とか、「立てる?」とか、ごく当たり前の言葉を娘は口にしたらしい。

 発音は綺麗だったという。言葉に障害はないのではないかと思われた。


 だがああまでこちらを避けられては、自分の許には雇い様がない。口を利かないままなら、ほかの働き口を紹介するのも難しい。


 簡単なことではない、という覚悟はあった。

 だがこの先のことを考えることが、少しずつ重苦しくなっていた。





⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰


 その日の夕食に、ラルクは姿を現さなかった。


 別室でマーガレットと食事していたためだが、それをわざわざ女に教える者もいないので、浮浪者の娘は自分で想像して事情を判断するよりなかった。

 質問すれば、あるいは答えてくれる者もいるのかもしれなかったが、彼女にその勇気はなかった。


 ラルクのいる時といない時で、食事の世話をする使用人達の態度はあからさまに違った。

 長い間まともにものを食べた日のない彼女の食は未だかなり細かったので、ラルクの様に食前酒から始まり、前菜で二回皿が変わる様な手間の掛かる食事は、これまでもしたことがない。それでも使用人達は「浮浪者に仕える義理はない」という憤りを持っている。


 ラルクのいない食事の席は、周囲の敵意を感じて、娘は居たたまれなかった。

 一日一食食べられるだけで彼女には充分だったし、ラルクがいない時は食事を抜いてくれていいのにと思う。


 まだゆっくりとしか食べられなかった。

 使用人達の苛立ちを感じて耐えられず、娘はついに食事の途中で手を止めた。


 使用人達はまたたく間に皿を片付け始め、男の一人が彼女を部屋へ急かした。


 一日中ほぼじっと座ったまま、喋ることもない娘の見張りは手持無沙汰極まりなかったので、彼女に付き添う当番は、短時間で頻繁に交代していた。

 その日「娘を食堂から部屋まで送るだけ」の役割を振られた使用人の男は、娘を急かしながら階段へ向かった。足取りが弱々しい娘は、歩くのも遅かった。


 だが階段の下まで来た時、その先導の男が女中に呼び止められた。

「マシュー、ちょっと来てくれない?あの壺が重くて運べないのよ。」

「あの壺って先刻さっきの奴か?」

 同僚の使用人の女性に応じて、男は浮浪者の娘に一瞥いちべつもくれず、食堂の方へ引き返して行った。

 多分わざと無視したのだろう。


 娘は、階段の下で立ちすくんだ。邸の中を一人で歩いてはいけないことになっている。行くことも戻ることも出来なくなった。


 待つしかなかった。

 意地悪で、長時間戻ってこないかもしれなかったが、待つしかなかった。


 途方に暮れて、階段の下に立ち尽くしていた彼女の耳に、軽い足音が届いた。


 近付いて来る。


 虚ろにを転じる。



「あっ、こんばんわ!」



 びっくりした。



 顔一杯に笑顔を拡げて、あのキャリーという少女が自分を見上げていた。なんの疑いもなく、自分の返事を待っている。


 一瞬、喉元で言葉が止まった。だが少女の幼い、純粋なひとみが、彼女の声をき止めている恐怖を取り除いた。


「こんばんは、キャリー。」


 自然な返事と、微笑えみがこぼれた。

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