第一章 第4話 窓の向こう側
茶味がかった色むらのある金髪を弾ませて走っているのは、ラルクの使用人の娘だった。
一人と一匹が凄まじい勢いで、浮浪者の娘へ繋がる遊歩道を走って行く。
そして娘の前を犬が駆け抜け、娘のいる場所より手前で、少女が転んだ。
咄嗟の様に、浮浪者の娘が立ち上がり、よろけながら少女に駆け寄った。そしてなにごとか少女に声を掛け、その横に屈み込んだ。
驚いて、ラルクは眼下の娘の口許を見つめた。何を言っているかは聞き取れないが、女はなおも少女に語り掛けていた。
追いかけっこの相手の転倒に不安そうに戻ってきた犬を、女の付き添いをしていた使用人の男が捕まえて、抱え上げる。その男も驚いているのが、窓越しに伝わる。
娘が喋っている。
言葉を聴こうと、ラルクは急いで窓を開けた。
窓の開く音に、女ははっとして邸を見上げた。
そして、踵を返すと、彼女は逃げ出そうとした。
だが足許がおぼつかずに、数歩で娘はよろめいた。結局彼女は立ち止まると、諦めた様にうなだれて、邸へ向き直った。が、窓の上の青年の瞳を避ける様に、俯いていた。
居心地の悪い緊張。
数秒の間の後、意を決して、娘は二階の窓を見上げた。
瞳も合わさぬのはさすがに失礼だと思ったのだ。
しかしそれが精一杯だった。ラルクを見つめ、ラルクの隣の美しいブルネットの女性に視線を移す。
自分で意識せぬ程の微かな羨望で、女は数秒マーガレットの上で目を止めた。
こちらを見上げている娘に声を掛けるべきか、ラルクはしばし迷った。迷った末に、彼はまた彼女が逃げ出さぬ様、目線は彼女に向けたまま、窓の下の全員に向かって声を掛けた。
「キャリーは大丈夫か?」
ラルクの言葉に女がさっと目を反らした。他に応える者もないので結局、付き添いの男が返事する。
「はい ラルク様」
少女は膝を軽く擦りむいただけで既に立ち上がっており、様子のおかしい女を寧ろ心配する様に見上げていた。
女は再び顔を上げようとせず、ラルクはなおも数秒迷ったが、それ以上声を掛けることは出来なかった。
キャリーが犬を逃がしてしまい、追い掛けていたのだという状況だけを確認すると、邸の若い主人は、男に犬をきちんと連れ帰ってくれる様指示して、言葉を切った。
やがて歩き出した三人を、ラルクはしばらく見つめていたが、やはり女は顔を上げなかった。