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『それで今日はどこで何してるんだ?』
「社会活動のボランティア。身元引受人の講演の。出るのに合わせて拍手したり、椅子並べたりとかさ。今は会場内外のゴミ拾いさせられてるわ。」
俺は、講演会場のビルの南の端の人気のない階段の地下に降りる踊り場で、電話越しから不安そうに俺の様子を探る弁護士に向けてそう言った。
『あのセンセイか。』
弁護士は苦虫を噛み潰したかのような嫌悪感が滲む言い方でそう言った。
自分がいない間に、昔からやり合ってた仇敵に依頼人が取り込まれたのがよほど腹に据えかねてるのだろう。
若い時から負けず嫌いで正義感が強い奴で、俺の顧問をやっているのがおかしい位の出来た弁護士なのだからプライドが相当傷ついているに違いない。
「まあ、今のところは別に損害はねえし。大丈夫だよ。」
しいて言えば、裁判の心証をよくするためという名目で月2・3回、センセイが理事を務めるNPOの活動や講演の手伝いをさせられてるだけだ。昔みたいに犯罪をなすり付けられたり、財産を盗まれたりしてたのに比べれば、生活保護受給者や非行少年や非行少女に混じって働かされるのはずっとマシだ。それに講演に来てる客も経済紙で見た事のある面々もちらほら居る。今更金目当てに俺に何かしてもデメリットしかないだろう。
『寄付金を要求されたり、脅されたらすぐ言えよ。』
録音の仕方とかわかるよな。と電話越しでも歯ぎしりしているのが目に浮かぶような勢いで喋る弁護士を宥めて俺は電話を切る。
ちらりと階段から顔を出し、共用部廊下の様子を見ると、一目で精神をやってると思われる生活保護受給者がゾンビみたいにゴミ袋を持って歩いていた。
「相変わらず、他人を搾取することにかけては天才的だな」
空中の一点を見つめたまま視線を動かさずに歩くレベルの精神病患者にさえ容赦なく働かせるイカレタ親戚にある意味感心しつつ、俺は自分の持っているゴミ袋に目をやった。
ゴミ0。完全に袋のままの姿。
俺の労働、ちょっと入ってる生活保護以下。
別に形だけの活動だろうが
別に怒られる事は無いだろうが
別に、確認もされずに回収だけされるだろうが
別に、やってもやらなくても、ビルの清掃員が最後は全部綺麗にするんだろうが
それでも、ゼロってのはどうなんだろうか。
流石に少し罪悪感を感じ、俺は階段を下りて下の階に向かった。
――――――――
講演会場の下は飲み屋や音楽を共用部まで鳴り響かせるクラブが入っていた。
たぶん、センセイは筋が悪い昔からの知り合いのビルの空いている部屋を借りたんだろう。
もともと過激派で反社会的な人間が扱うビルは、碌でもない業種が集まるもんだ。
そして、本人たちはその環境に慣れてしまい、そのおかしさに気づかないのだ。
風俗ビルの真横のいかがわしいテナントが入るビルで社会活動家の先生が講演するおかしさに気づかないのだ。
そう考えると、俺は真面目にゴミを拾うのも、やっぱりバカバカしくなり、トイレに向かった。
男子トイレに入ろうとしたが、気合の入った格好のドレッドヘアの兄ちゃんが洗面台の前でタバコを吸ってたので即退出する。
少し迷ったが、ゴミ袋を持ってるのでいいかと思い、女子トイレに突入。
誰もいないことを確認し、個室に入るとトイレットペーパーをカラカラと引き出して適度に千切って丸めて放り込んだ。
ゴミ袋は少し膨らんだが、色も中身も均一すぎて怪しまれるかと思い、備え付けのサニタリーボックスを開き、中の黒い内袋を取り出すとゴミ袋の中に中身をぶちまけた。
・・・なかなかいい感じではないだろうか。
すこし汚いが、ゴミに色がついたのでヨシとして次の個室に向かう。
手前の個室と同じようにトイレットペーパーを半分ほど千切って丸めてゴミ袋を膨らませ、同じようにサニタリーボックスの内袋を取り出しゴミ袋の中に中身をぶちまけると、この個室を使った女性は根暗な便所飯な奴だったんだろうな。菓子パンの袋やジュースの紙パック、揚げ物の包み紙などナイスなゴミが混ざっていた。
これはもう、ゴミ拾いとしては十分な労働成果ではないだろうかと思ったが、せっかくなので、一番奥の個室もゴミ回収してやろうと、個室を開け、トイペはもういいかと無視してサニタリーボックスの内袋をゴミ袋にぶちまける。
ドサッと今までとは違う重みのある音がした。
ん?と思いゴミに目をやるとそれは手巻きと思しきタバコ状の物が3・4本の束にされたものを小分けに小さなポリ袋に詰められたものが十数袋ほど、まとめて輪ゴムで束ねられているものだった。
「・・・」
俺は女子トイレの奥の個室で小分けにされた手巻きタバコ状の束を前にフリーズしたまま思考停止した。
「・・・ヤバいやつじゃん。」
数十秒たってそう言ったとき、カツカツというヒールの音を響かせながら歩いて来る音が耳に入り慌ててドアの鍵を閉める。
足音の主はなぜか手前や真ん中の個室を無視して俺の籠る奥の個室まで来ると、あろうことかドアをガタガタと揺すり始めた。
なぜ、他が空いてるのに閉まっているトイレのドアをノックもせずに揺するのか。
意味不明過ぎる行動に俺は心臓が口から飛び出るほど驚きながら、気弱にドアにコン、コンとノックを返す。
すると、ドアの向こうの奴はちっと軽く舌打ちをするとドアをガンっと一発殴りつけてカツカツとトイレを出ていった。
(・・・やばい奴じゃん)
俺はしばらくドアをノックした格好のまま微動だにせず耳だけをそばだてて様子を窺っていた。
かなり長い時間が経ってから、鍵を開けて外を見渡す。
誰もいないことを確認し、おっかなびっくりで女子トイレを出るとそのまま階段を上り、会場に戻った。
――――――――――――――
会場に戻ると、今を時めく社会活動家先生はすでに講演を終えてスタッフに来客や関係者との懇談会の指示を出している所だった。
一緒にゴミ掃除していた生活保護連中も非行少年少女もいつの間にか会場の撤収に入っていてゴミ袋を持ってるのは俺だけだった。
「あ、すんません…」
「あら、まあ、今日は凄く頑張ったわねぇ」
俺は一人だけ遅れた事に思わず謝ったが、社会活動家先生は長年無職で一切働く気を出さなかった俺がゴミを袋一杯に集めてきたことで労働の喜びに目覚めたとでも思ったのか、満面の笑みで俺を褒め称えてきた。
「いや、単に、あの。ゴミ。多かったんで」
俺はゴミ袋の中のヤバいのと女子トイレに来たヤバい奴にまだビビってたので、割としどろもどろにそう言った。
「謙遜しなくてもいいのよぉ。よくできまちたねェ!」
社会活動家先生はビビってる俺を見て、完全に優越感を抱いたのか幼稚園児に話すような言い方でそう言った。
「あっ。ありがとうございます」
俺は幼稚園児扱いされても、ビビり全開のままそうお礼を言った。
余程その姿に満足したのか、社会活動家先生はどんどんと機嫌がよくなって饒舌に周囲のスタッフに俺の事を話し始めた。
この子は昔からダメだったのよ。私が甘やかしちゃダメだっていってもね。親もしょうがないし。
おばあ様は本当に性格が悪くて。私が助けなきゃ刑務所行きよ。
そうやって、うんうんと笑顔で頷くスタッフに一通り、如何に俺と俺の家族がダメで自分が助けを差し伸べたかを長々と話して満足した先生は、思い出したかのように話題を変えた。
「そうそう、そう言えばあなた半年以上前に付き合ってた女性がいたでしょ?」
「じょ、女性ですか?」
俺は予想外の言葉に驚いてそう言った。
「ええ。背が高くて、胸の大きな子ぉ」
社会活動家先生はずいぶん楽しそうにそう言った。
「え。それって結構変わった性格の?」
「そうよ。なんたってあなたと付き合ってたぐらいですから」
予想外なところから美熟女の話が出て俺はあっけに取られていた。
「今日、彼女も来てたのよ。講演。あなた、一緒に食事に行ったりしたら?」
社会活動家先生は嫌味のない、綺麗な笑顔でそう言った。
「あ、ぜひ。」
俺は卑屈にぺこぺこ頭を下げてそう言った。
「じゃあそう言う事でね。カイちゃん!カイちゃーん!ちょっとこっち来て!」
社会活動家先生がそう呼ぶと、会場の入り口辺りで談笑していた女性がこちらに歩いてきた。
「あ、お久しぶりですぅ」
赤銅色のショートカットで高身長巨乳な女性は俺を見て弾むような特徴的な声色でそう言った。
「え、あ、えっと。」
どこかで見た彼女が誰だったかわからず俺はドギマギしてそう言った。
「病院の崩落事故以来ですねぇ。その節はご迷惑おかけしてぇ。あの後大変で連絡できませんでしたぁ」
巨乳をわざと揺らすかのように動きながら彼女はそう言うと、ゴミ袋を持つ俺の腕を抱きその巨乳に押し付けてきた。
「あ、病院の、頭を割られて、死んだんじゃ?」
俺は押し付けられた巨乳で頭がぱっくり割られて床に倒れたはずの彼女の姿を思い出してそう言った。
「死んでないですよぉ!酷いなぁ。落ちてきた瓦礫が当たって気絶してたんですぅ!」
「え?」
「というか、頭にケガした私をほっといて居なくなったの。酷くないですかぁ。」
高身長巨乳ナースは首を可愛らしくクイと傾けて笑いながら、髪をかき上げておでこに残る傷跡を見せてそう言った。
「あ、ごめん。」
俺は女性のおでこの真ん中から前髪の奥に走る痛々しい傷跡を見て、思わずそう謝った。
「謝るなら、今日、ご飯奢ってもらっていいですかぁ?」
巨乳ナースが悪戯っぽく笑いながらゴミ袋をぶら下げたままの俺の腕に巨乳を押し付けてそう言った。
「あ、いいよ。」
俺がそう気弱に返答した時、入口からプリン頭の非行少女が小走りでやってくると、社会活動家先生に何か耳打ちした。
途端に社会活動家先生が非行少女に詰問し始め、それまでの和気あいあいとした空間が、段々と険悪な雰囲気に変わっていった。
「ちゃんと見てきなさい!」
社会活動家先生がそう怒鳴ると、そばにいたスタッフが蜘蛛の子を散らすかのように外に出ていく。
残っているのは俺と先生とナースだけになった。
「あ、あのぅー。私達は予定通り食事行ってもいいですかぁ?」
しばらくして沈黙に耐えれなくなったナースが媚びを売るかのように社会活動家先生にそう聞いた。
「そんな事、いちいち聞かないと出来ないの!アンタは言った通りそのカス連れてさっさと出ていきなさい!」
よほど空気の読めない巨乳ナースにムカついたのか、久しぶりに慣れ親しんだ共産ババアの金切り声が空に鳴り響いた。




