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この物語はフィクションです。
が、似たような出来事が実際にあったような気がしないでもない。
「とりあえずこれで好きな服を買っていいよ」
近所のモールに行き、そう言ってATMでおろした20万円を渡すと、美熟女は嬉しそうに小走りで走って行った。
長くなるだろうと思いつつ、そのまま暇つぶしに本屋に向かい、質の悪い経済紙などを読み耽る。飽きて隣の棚に目をやると、普段は気にも止めないだろう女性週刊誌が目に止まった。
美熟女が家に居続けるならこういう本もあれば喜ぶかもと手に取ってパラパラ捲る。
『八年ぶり14回目の占領から二年!メリケン占領下での勝ち組旦那をゲットするには?』
『今をときめくインフルエンサーTAKIKO、実は男喰いキツネ系妖怪だった!今や芸能界は彼女の支配下。』
『メリケン大統領異星人説!すでに地球は異星人の支配下で人類は彼らの気まぐれで滅ぶ可能性も。』
など、見るに耐えない中身ばかりで何の役にも立ちそうにない。
「これは酷いな」
俺は思わず顔を顰めた。
「これは酷いですね」
いつの間にか隣に立っていた美熟女もウンウンと頷いてみせる。
「そもそもジヤポンがメリケンに占領されるのは16回目ですし、占領は共倭党が選挙で勝つたびに行われる予定調和の恒例行事ですよ。占領下での勝ち組旦那など生まれません。」
俺が記事の内容に文句をつけると美熟女はまたもウンウンと頷いてみせる。
「そうですよ。それになんですか。このキツネ系妖怪とは。どう見ても人間じゃないですか。確かにジヤポンは妖怪によって支配されているし、メリケン大統領は異星人ですが、この地球を牛耳って混乱させているのはレズな女神様ですよ!この記事は嘘ばかりです!」
美熟女は週間女性誌を手に取り、プリプリと怒り出した。
「そうですか…」
「うん!そうなんです!」
「えっと…正しくはレズな女神様なんですか?」
俺は初めて見た美熟女の怒りに興味を持ち、話を広げようと聞いてみた。
「ええ!レズの女神様が痴話喧嘩をしてるから地球がおかしくなってるんです。」
「そうなんですか?」
「うん、そうなんです」
「そうですか。知りませんでした」
「ううん。それは仕方ないです。私はレズのメリケン大使夫人から地球語学びましたから詳しいんです」
美熟女はそこまで言うと、週刊誌を手にレジに向かっていった。
服が入った紙袋を持ちながら俺は横を歩く美熟女を改めてみる。
黙ってれば美人だが、ジヤポンは妖怪に支配されてると言い張ったりメリケン大統領は異星人と言ったり、レズの女神が出てきたり言動に一貫性がない。せめて怪奇物かSFかファンタジーか一貫したものがあれば、俺も話を合わせやすいんだが。
おそらく美熟女は虚言癖があるんだろう。
まあ、特に俺に害がないし、問題ないが。
通り過ぎる街並みのショーウインドーのテレビが女子高生がひき逃げされたニュースを流している。入院しているその子の派手な見た目の写真と名前が目に入った。
そういえば、俺は美熟女の名前も知らない。
聞いてみようかと思った時、美熟女が何かを見つけ、ととっと小走りで道の先の公園に走っていった。
――――――
「どうしたんですか?」
俺は公園のトイレ付近で美熟女をようやく見つけるとそう聞いた。
「しっ静かに。」
美熟女はまるでかくれんぼをしているかのように口に指をあててトイレの様子をうかがっている。
何事かとゆっくり近づき、トイレの様子をうかがうと、野太い男の吐息と男のうめき声が漏れ聞こえてきた。
「なあ、これって」
俺はとてつもなく危険なにおいを嗅ぎつけて冷や汗をかきながらそう聞いた。
「うん、間違いないです。」
美熟女は緩んだ顔で目を輝かせ、嬉しそうに多目的トイレの引き戸をかすかに開ける。
案の定、扉の隙間からは筋肉質の黒人と背の低いジヤポン人の男が熱烈に口づけしている所だった。
「さすが地球です!私の星でこんなことをやってたら火あぶりですよ!」
美熟女は男同士の行為に鼻息荒く興奮しながらそう言った。
「いや、公然とやってるのはここでも違法ですよ」
俺は明らかにまずい状況に恐怖を感じながらそう言った。
黒人は明らかにメリケンの軍服を着込んでおり、占領軍のMPだろう。
ジヤポン人は痩せていて、軽く化粧をしており、男娼としか見えない。
双方同意であることは明らかで、邪魔をすれば逆にこちらが悪者にされかねない。
やらせとは言っても、一応はメリケン軍人は占領軍。立場が上なのだ。
さっさとこの場を離れようと美熟女を見ると、なんと彼女はがらりとドアを開けて、熱烈に抱き合う二人の男のそばに近づき、パシャパシャと写真を撮り始めた。
「ナ、ナニヤッテンダテメー!」
黒人のメリケンMPは当然怒った。
「あ、こちらに構わず、続きをお願いします。わたし、一度でいいから地球の男同士のアレを見てみたかったんです。」
美熟女はにこやかに微笑むと、再び写真を撮り始める。
メリケンMPは写真を撮る美熟女と入り口に佇む俺を見て、軍本部に通報されるとでも思ったんだろうか。
「ツツモタセカ!オマエラグルダナ!」
おもむろに抱き着く男娼を殴り倒すと、カメラを奪おうと美熟女に掴みかかる。
しかし、美熟女はMPの突撃をスウェイバックで躱すと、カウンター気味に右こぶしを一閃。細腕が稲妻のようにMPの顎をとらえ、『パガキョッ』と骨の折れる小気味いい音を立ててMPは腰から崩れ落ちた。
「ああん、これではせっかくの機会が台無しです」
美熟女は眉をしかめて悲しそうな表情をした。
「うわぁ、残念でしたね。人が来る前に逃げましょう」
俺は気絶したMPに心底安堵しながらそう言った。
「ううん。まだです。まだ終わってないです。」
美熟女は俺の言葉を聞いて、ちっちッとばかりに指を左右に振ってみせる。
そのままセカンドバックに手を伸ばすと、中から箱に入った注射器を取り出し、痛そうに頬を撫でている男娼の男の子に突き立てると中の薬物をぎゅっと押し込む。
数秒、痩せていた男の子が胸を掻きむしり、苦しんでいたが、すぐに体が急激に膨張し、頭髪がパラパラと散っていく。やがて美少年だった男の子は身長2m、体中に血管が浮き出るボディビルダー体形に変わっていた。
「よっこらしょ」
美熟女は倒れているMPをうつぶせにひっくり返すと、ズボンをずりさげ、筋肉ダルマを手招きして呼び寄せる。そしてこちらに戻ってくると、ぽんと手を叩いて一言。
「さ、立場を入れ替えて再スタートです!」
その言葉を待っていたかのように筋肉ダルマがMPに手を伸ばした瞬間、俺は多目的トイレの扉を思いっきり閉じた。
美熟女は手を引っ張る俺に不服そうな目を向けていたが、俺が無理やり手を引っ張ると、不承不承でトイレを背にして歩き出した。