表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/38

11

「けっ、警察・・・いやまず弁護士か?」


血だらけの両手をワンピースの腹の部分でふきふきしつつ、俺は温室を飛び出した。


俺は警察には碌な思い出がない。昔から奇声を上げて暴れまわったりで近所から苦情が行ってためか、俺はマークされてるのだ。数年前にもちょっと精神が不安定だった時に詐欺師と揉めて『俺が保護』されたのだが、その時の婦警連中が詐欺師だけでなく、俺の微罪を大げさに膨らまして、何とか留置場にぶち込もうとされたのを思い出した。


かといって、弁護士もマズい。親からの付き合いで幼馴染の弁護士は、俺が警察に犯罪者扱いされてる時でさえ、俺を信じて味方になって警察の魔の手から救い出してくれたいい奴だが、昔から正義感が強くて、嘘をつける奴じゃない。正当防衛や冤罪ならともかく、死人が出ていて、証拠写真まで残ってたら、普通に罪を認める方向で説得されるだろう。一、二年で出れるからと言われて。

幼馴染の弁護士は私を狙う詐欺師と権力には強いが、私のやった犯罪には厳しいのだ。


でも私はやってないのだ。

もしやったとしても不幸な事故なのだ。

事故だとしても、私は悪くないのだ。

仕事中に床で寝ていたキノコヘアーや銀髪がおかしいのだ。

奴らのせいで、刑務所なんか行きたくないのだ。1~2年だろうが。


うんうんとうなりながら、玄関までたどり着き顔を上げると、ちょうど目の前の道を近所のババアが歩いて来るところだった。


ワンピースの前面の血を見られないように座りこみ、塀の陰に隠れる。

ババアの足音が遠ざかるのを待ち、再び逃げるように温室に戻った。


キノコと銀髪は相変わらず倒れていた。

ひょっとして生き返ってないかなと、ゆすってみるが無反応。

冗談かもと脈を取ってみるが脈拍ゼロ。

幻覚じゃないし、詐欺でもない。

というか、キノコの目がこっちを見てるのが怖い。

何か隠すものはと周囲を見ると、彼らの持ってきた大きめの土のう袋があったのでそっとそれを頭からかぶせる。


顔が隠れると、怖さが激減した。

姿が見えてると怖いのだ。

見えなければ、何もないのと同じなのだ。

だから、私はキノコだけでなく、銀髪にも土のう袋を被せてみた。


キノコと銀髪が土のう袋から足が生えたコミカルな生き物、いやコミカルな何かになった。


「どうしよう・・・どうしよう・・」

コミカルな何かにしてみても、飛び出てる足が死体であることを存分にアピールしてくる。

殆どやけくそで下半身をもう一枚の土のう袋に詰めてみるといい感じに全身が隠れた。


「よかった・・・」

私はホッとした。さっきまで血と死体がメインでグロかった温室は植物と土のう袋がメインの牧歌的雰囲気に様変わりしていた。


ひとまず落ち着いた私は、キャットフードの上に置いてあったジュースを手に取ると、ぐびぐびと飲み始めた。

真昼の太陽が明るく私を照らす。温室は風もなく、暖かな空気に包まれて、冷えた果汁がのど越し爽やかに私の体を駆け巡っていく。


「ふーーっ」

ジュースを飲み干すと、だいぶ落ち着いた。銀髪に近づき、土のう袋の隙間からスマホを奪う。

ロックもなく、すぐにカメラのファイルを消すことができた。


「よく考えたら、いつもこいつら何も言わずに去ってくんだよなぁ。でも、今日は片付けもしてねえなぁ」

時間は13時ぐらいだろうか。確か茶髪が突き出したパン教室のチラシが焼き上がり14時予定だったので、まだ一時間は余裕がある。こいつらが寝たままサボって片付けもしないのなら、私がやるしかないだろう。


私は黙って散らばっている植木屋の用具を集め、軽トラに持っていく。

そして残ってる土のう袋を引きずって運んでいった。クソ重いが、重めの植栽を運ぶ都合上、リフトで上げれるようになってる構造なので軽トラまでもってければ余裕だった。


「運転、できそうですぅ?」

一応、荷台にそう聞いたが、返答はない。

私も一応、免許はある。教習所以来のマニュアル車だが、あいつらが寝たままサボってうちの前から車をどかそうとしないのなら、私がやるしかないだろう。


運転席に座って、何とかローギアで動き出す。

なるべく車と人通りの少ない道を通って数キロ離れた1級河川の河原までたどり着いた。

本当は山ぐらい行きたかったが、ローギアの安全運転で長距離は無理だった。


車が入れるところから河川敷に入り車を止める。

土のう袋をリフトで荷台から下ろし、葦の茂った川沿いに運んでなるべく奥に捨てた。

土のう袋をどうしようか迷ったが、腐りにくくなるかもと思い引っぺがして川に流した。


「あと一つ、あと一つ」

銀髪は捨てたけど、キノコがまだ残っている。

疲れを感じつつも、急いで軽トラに戻ると、なんと軽トラに横付けする形で占領軍のジープが停まっていた。


「ハァイ!」

占領軍のMPは私の姿を見て、陽気に声をかけてきた。

「は、はぁい」

なるべく愛想良く返そうとするが、着ているワンピースが血だらけなのに気づいて引き攣った顔で私は返事をした。


「イッツ、ユアース?」

背が高い白人のMPはにこやかに軽トラを指さしてそう聞いてきた。


「イ、イエースイエース!」

思わずそう答えた。横に居たアジア系のMPの目つきが鋭くなった気がした。


「ウィー エブリディ ユース ディスプレイス。プリーズ ムーブ ユア トラック。」

白人MPは私が怯えているのを感じ取ったのか、聞き取りやすいように簡単な単語を区切って伝えてきた。

どうやら彼は血だらけのワンピースに気づいていないらしい。アジア系は気づいてるようだが。


「は、はぁい」

私は焦った。あのアジア系が何か言い始める前に、サッサとその場を逃れようと思った。

焦ったままトラックに乗り込むと急いで移動しようと、ギアをバックに入れてアクセルを踏み込んだ。


トラックは白人MPに向けて猛烈な勢いで走り出し、ガゴンッという音とともに、何かに乗り上げるような感触が伝わってきた。


「ストォーップ!ドンッ ムゥーブ!」

アジア系のMPがそう叫ぶ声が聞こえてくる。

慌てて、ギアをローに入れ戻し、元の位置に戻ろうとした。

再び、車が何かに乗り上げる感触が伝わってきた。


「ノォーーーーー!ファッキン$%#$%!」

アジア系は半狂乱になって叫んでいた。ミラーで確認すると、私が軽トラを動かしたあたりで、白人MPが倒れていた。


「ご、ごめんなさーい!」

必死に謝るが、アジア系は私を危険人物と判断したのか、腰に手をやり、拳銃を引き抜く姿が目に入った。


慌てて逃げようとアクセルを踏み込んだ。

軽トラが走り出し、護岸を越えて、川に飛び込んだ。


水深1mもない川に落ちた軽トラは少しぷかぷか浮いていた。勢い余って荷台から放出された用具などが水面に漂い、車とともにゆっくりと流れている。ドアを開けようとしたが、水圧でピクリともしなかった。やがて、少しずつ水が侵入してきた。


仕方なく私は窓ガラスから逃れようとした。軽トラは古い機種なのか、それとも銀髪が改造したのか手回し式のパワーハンドルだったので、くるくる回すと、普通に窓ガラスが開いたのだ。


窓ガラスから身を乗り出すと、パンっと軽い音とともに水面に水柱が立った。

振り返るとアジア系のMPが拳銃を構えて護岸から威嚇していた。


「フリーズ!」

銃口が私を狙っているのを見て、私は上半身を窓ガラスから乗り出した形で凍り付いた。


「凍りました!凍りました!」

私は思わず両手を上げてそう答えた。窓枠を掴んでいた手が離されたので、私の体が自然と水面に向け倒れていく。


「ストォップ!ドンムゥ!ドンムゥ!」

アジア系は倒れていく私が逃げるようとしてるとでも思ったのか必死にそう繰り返していたが、私の体が水面に触れたあたりで限界が来たのか。


すっと腰だめにしていた拳銃を顔近くまで引き上げると、一呼吸の後に引き金を引いた。


ボチュン!という音が目の前を漂っていた土のう袋から響いてくるのを聞きつつ、私は窓ガラスからずるっと水面に沈んでいった。



――――――――



「という事で、私は自分を男と思っていた女だったんです。主治医が寄越したカウンセラーの二人に聞いていただければわかります。」


とりあえず、もう一度、住所氏名をと言われて今日一日の経緯を話した俺に、県警のかなりの役職名を名乗ったM字ハゲにオールバックの男は眉を歪めて苦笑した。


「うん、だからね。まずあなたは女性ではないから。ふざけずに事実を話してほしいんだ」

「いいや、俺はあの時、女でした!」

「・・・」


「そして、MPを轢いてしまったのは俺です!それは認めます!」

「うん。そうかぁ。でもねぇ。」

「何か?」

「その、MPも死んだという二人も、そんな人いないんですよね。」

「そんな馬鹿な。」

「いや、そうですよ。そのアジア系というMPの方は居ますよ。そもそも川を流れてる貴方を発見して通報してくださった方ですからねえ。でも、彼のパートナーは白人ではなく黒人でした。」

「・・・・・・」

「亡くなった、キノコさんと銀髪さん。でしたか。植栽店に問い合わせましたが、そんな見た目の方は在籍してないとのことで、今日昼過ぎに担当の方が家の方に伺ったが留守だったので、作業だけしておいた。との事でした。」


「・・・・はぁ?」

「だから、私たちが聞きたいのは、あの軽トラはどこから乗ってきたのか。誰のものかという事だけでして。車体番号もナンバーもご丁寧にすべて消されてたので。いや、もちろん貴方が運転してたのかどうかもわからないのですが」

「いや、だから俺が運転してたって。で、植木屋の死体捨ててたら見つかったから焦って憲兵轢いちゃったの。もうぶっちゃけると。」


「いや、ぶっちゃけられても、いない人間なんですよね・・ハァ・・」


県警幹部はもう面倒くさいとばかりに頭を抱え、見下す様にそう言った。

明らかにこちらを小馬鹿にした言い方だった。俺の後ろに控えるクマのような体格の警官がブフッと噴き出すのが聞こえた。


「なんだその言い草は。」

俺はカチンときた。せっかく俺が罪を認めてやったのに、逮捕するやる気も出さないのは何事かと。

そんなに俺の相手にするのが嫌なのかとイライラした。


「なんだって、言われてもねぇ。コレだから苦労知らずのキチガイボンボンは。」

M字ハゲのオールバック県警幹部は嘘つきの精神病患者を相手にするのはもううんざりとばかりにそう言った。

言い方からして、俺の事をよく知ってるようだった。

多分、以前弁護士が殴りこんでやり込められた恨みがあるんだろう。

わざわざ幹部が聴取してるのも、後から訴えられないための様だった。


「ふざけてんじゃねえぞ。この税金泥棒が!ちゃんと俺を捕まえろ!」

「証拠も無しに捕まえられるわけないだろう!また訴訟するつもりか!」


「俺が証言してるだろうが!」

「精神病通院歴のある証言なんて、物的証拠も無しに通るわけないだろ。アホか。ああキチガイか。」

「うるせえ!俺を逮捕しろ!」

俺は怒りの余りに立ち上がると、奴の髪を掴みにかかった。


「確保!」

後ろから叫び声が飛び、立っていたクマのような警官が後ろから俺を抑えにかかる。

「やめろホモ!さっきから俺のケツ物欲しそうに見やがって!」

貞操の危機を感じ、全力で顎を殴るが、ガインと少し頭が揺れたぐらいで影響なし。そのまま抑え込まれ、クマにケツを突き出すような格好になった。



「ビデオは?」

「撮ってます。まあ、多少言葉がきつかったですが、問題ないです。」

M字ハゲが勝ち誇ったように喜ぶ声を聞きながら、俺はケツが無事でありますようにと薄れゆく意識の中で願い続けていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ