プロローグ
この物語はフィクションです。
が、似たような出来事が実際にあったような気がしないでもない。
「いきなりのご訪問、誠に申し訳ございません。地球征服のために、この家にある宇宙人の卵を分けて頂けないでしょうか。」
「いいよ。姐さんの体と引き換えな。」
ここしばらく、俺は倦んでいた。やる気が全く起きず、今日も昼まで雨戸を締め切った真っ暗な寝室の布団にくるまっていた。
半死半生の意識の中、乱打されるピンポンに気づき俺の意識は少しだけ自我を取り戻した。何事かと玄関に近づくと、すりガラスの向こうに明らかに仕事で来てますと言いたげなスーツ姿の女が立っているのが透けて見える。
どうせまた何も知らない銀行の新人が金を借りてくれとでも営業に来たか、そうでなければまた反社の女が詐欺に来たのだろう。
普段は無視してそのまま放置するのだが、その日、運が悪い事に俺は脳みそが倦んでいた。低下した判断力のまま誘われるように玄関に近づき、古民家でしか見かけないようなねじ式の鍵を回転させ鍵を開ける。
すりガラス越しにこちらの姿も見えてるだろうに、止むことが無いピンポン連打にイライラしつつガラッと扉を開けると、インターフォンのボタンに指をつけたままの女と目が合った。女はようやく住人が出てきたとばかりに、不安そうな困り顔で笑うと話しかけてきた。
「あ、あの。いきなりのご訪問、誠に申し訳ございません。地球征服のために、この家にある宇宙の卵を分けて頂けないでしょうか?」
「ああ?宇宙人の卵?」
しばらく何を言っているか理解できず、俺は口を半開きにして、女の顔を見ていた。放たれた言葉を頭の中で繰り返し、ああなる程、今回はそういう手管か手が込んできたな。と改めて女の全身をじろじろと眺める。
目の前の女はうねるような長い黒髪を軽く編み込んでサイドアップにながし、化粧は濃すぎない大人の装い。年齢は30半ばか前半ぐらいだろうか。高めの背に柔らかな体を詰め込んだ薄い布地のスーツは落ち着いた色合いで、気弱そうに立つ姿は男を一歩立てるような雰囲気もあり、勢いよく来られると壁を作ってしまう俺に警戒心を抱かせない。まさに俺の好みにドストライクの美熟女。100点中の100点満点。今回の詐欺集団はよほど研究したに違いない。
そう思いながら俺が無言で美熟女の顔から足先まで舐めるように観察していると不安になったのか困り顔で再び問いかけてきた。
「いきなりのご訪問、誠に申し訳ございません。地球征服のために、この家にある宇宙の卵を分けて頂けないでしょうか。」
「いいよ。姐さんの体と引き換えな。」
俺は迷いなく答えると、今までの弛緩した動きが嘘のように美熟女の腰を掴んで一気に引き寄せ、有無を言わせず家の中に引き込み、素早く玄関を閉める。そのまま驚いて固まっている彼女を軽く持ち上げ雨戸が締め切られた寝室に連れ込むとやや湿り饐えた匂いのする万年床のせんべい布団に放り投げた。
「い、いやーッ!」
そのまま布団の上の美熟女に襲い掛かろうとしたところ、美熟女はようやく自分が俺に犯されようとしているのが分かったのか、軽く悲鳴を上げてセカンドバックを振り回して抵抗し始める。
立ち上がった彼女を押し倒そうと肩をつかむが、体幹がしっかりしているのかよろめきもしない。逆にクリンチを組まれ、こちらのあばらに膝の連打を叩きこんできた。
すっトロそうな見た目のわりにやるじゃねえか。
俺はあばらが折られる前にクリンチを切ると、力勝負の寝技に持ち込もうとそのまま彼女の腰にタックルし、勢いよく足を踏み込む。美熟女の柔らかな肉が俺のタックルを優しく受け止めたが、決して倒れない。
うっくっという口から空気が漏れる音のみを最後に、細く暖かな右腕が俺の首に巻き付き、フロントチョークの形をとり、そのまま万力のような力で強烈に締め上げてきた。
柔らかそうな体つきの美熟女だからと完全に油断していた。
柔らかな体としっとりした肌を持つ右腕で織りなされるフロントチョークは完全に決まっており、血流が減った俺の視界が光を失っていく。
せめて冥途の土産にと自由な両手を美熟女の胸と腰に伸ばし、その柔らかさと温かさを存分に堪能しながら、俺の意識は完全に闇に沈んでいった。
―――――――――
瞼に差し込む光の暖かさとまぶしさに目を覚ますと、俺は布団に寝ていた。
時刻は午後3時過ぎぐらいだろうか。数年以上掃除はおろか日の光さえ入ることの無かった寝室の雨戸は開けられており、涼やかな風が頬を撫でるとともに、鳥のさえずりが耳に入ってくる。汚かった部屋は掃除され、ゴミは外に運び出されているし、埃だらけだった畳さえも日を浴びて元のいぐさの匂いをほのかに放っていた。
「あ、起きられましたか。」
布団から上半身を起こすと、横に美熟女が座っていた。
「あの、申し訳ございません。突然のことに驚いて思わず締め落としてしまいました。」
美熟女は本当にどうお詫びしたらいいかと困ったようにそういった。
「ん、いや、いいよ。」
俺は妙にすっきりした頭でそういった。
先ほどまで美熟女に感じていた止められない劣情は一度落とされた事ですっかり消え失せており、困り顔で謝る彼女に迫ろうという気もなくなっていた。力で負けた相手に再び力で挑むのは馬鹿のやる事なのだ。そして俺は馬鹿ではないのだ。いや、馬鹿かもしれないけど、少なくとも自分では馬鹿でないと思ってる。
「で、なんだっけ?この家の宇宙人?の卵を分けてほしいんだっけ?」
俺は困り顔でいつまでも所在なく座っている美熟女が気の毒になりそう聞いた。
「あ、あの。はい。先ほどの条件に何をつけ足しても構いませんので、譲って頂ければ大変助かるんです。」
美熟女は心底困り果てたとばかりにそう言った。
「そっか。よくわからないけど大変だね。もってっていいよ。」
「え?いいんですか?」
「うん。」
「条件の変更もないんです?」
「うん。」
「一度決まったら変更できませんよ?」
「まあ、もう俺の人生自体がどうでもいいし。」
「助かります!」
詐欺師にしては回りくどいし、ちょっと頭がおかしいお姉さんなんだろう。
思い込みが激しい人というのは世の中にいるものなのだ。
それにこの家にあるものなら別に無くなっても構わないのだ。
それでこのお姉さんの問題が解決するなら別にそれでいいのだ。
「じゃあ、さっそく」
美熟女はさらに胸ポケットから何かの機械を取り出すと、あちこちに向けて何かを調べ始めた。
ああでもないこうでもないと、部屋を歩き回ったり、庭に向けたりしていたが、やがて機械を手に庭に出ると、ぴたりと動きを止めた。
「あれ、こんなところに…ちょっと失敬」
彼女は庭の松の木に近づくと、おもむろに近くの岩に登って松の木の枯れた枝を手に取り、そのまま有無を言わさずぼきりとへし折る。
枝の先には苔か葉でも擦ったのか緑色に変色したカマキリの卵のようなものがあり、それをむんずと白魚のような手でつかむとえいやっとばかりに引き千切った。
「よし、これです。」
彼女の手には緑色の気持ち悪いカマキリの卵が収まっていた。
「えっと、これはまだ未受精ですね」
美熟女はそういうと、セカンドバックから理科の実験に使うような丸フラスコを取り出した。ポンとコルクの栓を引き抜き、フラスコの中にカマキリの卵をグチャッと握りつぶして圧縮し、すぽんと落とす。卵は中の透明な液体に触れるとたちまち溶け込んでいき、透明だった液体がピンク色に染まり、モクモクと白い気体を吹き出し始めた。
そして彼女はちょっと失礼、と言いつつ片手を俺のズボンに入れるとプチッとばかりに勢いよく下の毛を一本引き抜いてフラスコに投入し、満足そうに頷いた。
「あとはこれを・・・」
美熟女はモクモクと気体を発するフラスコを片手に玄関に向かい、ガラッと引き戸を引く。ちょうど外の道路を派手目の女子高生が歩いてくるところだった。
「えいっ!」
彼女が家の前を通り過ぎる瞬間、フラスコを後ろ手に盛った美熟女が回し蹴りを放ち、蹴りを腹にモロに食らった女子高生はまるで軽自動車に跳ねられたかの如く派手に吹き飛んだ。
倒れて気を失った彼女の口に美熟女はフラスコの中身をすべて注ぎ込んでいく。
「ふうっ。これで良し!完璧です。」
美熟女はそのまま女子高生を隣の家の塀に放り込むと、一仕事終えたとばかりに額の汗をぬぐって、こちらに戻ってきた。
物置の古いパソコン開いたら昔書いたやつの設定メモが出てきた