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 玉座のある謁見の間は、巨大なホールになっていた。山のように高い天井はドーム状になっており、天板はガラスのように透明で、太陽光がホール全体を照らしている。ホールを縦断するようにして玉座まで続く道には赤絨毯が敷かれているが、これが大層古びていて、かなりくすんでいる。


 両側には斧槍を持った兵士が等間隔に立ち、その背後には貴族連中と思われる人々が規則正しく並んでいる。


 僕たち二人は、背筋が凍るような視線の嵐の中進んでいく。


 王様は、正面の玉座に座ってた。


 想像上の王様という存在を体現したようなその姿に、僕は形式美のようなものを感じた。


 胸元まで広がる白いひげは、顔の半分近くを覆っており、長い眉との隙間から小さな目が眼光を光らせている。王冠は城と同じくらい質素で古めかしく、色あせていた。全体的に赤い服を着ている。


 玉座の前までくるとアメリアは片膝をついたので、僕もそれに習い、頭を下げる。


「アメリアか」


 頭上から見た目通りの声が聞こえる。


「はっ。転生者トキトウカナメ殿をお連れいたしました」


「トキトウカナメ殿。頭をあげよ」


 僕もかしこまって「はっ」とかいったほうがいいのかどうか迷い、結局なにもいわず頭をあげた。

 と、玉座の隣に立つ数人の中に隠れるようにして、見覚えのある顔がいることに気がついた。


(ネイ……)


「そなたがトキトウカナメ殿か」


「あっはい」


 急に声をかけられて、僕はとっさに答えた。


「どこが名前なのかね」


 王様はニコニコとしながらいった。


 ネイのことはあとだ。


「は? あ、トキトウが名字で、カナメが名前です」


「ふむ。では、カナメ殿。そなたは、ここに来る前、誰かと会った覚えはあるかね」


「誰か? ええと、向こうの世界で事故のあって、こっちにくるとき、なんか白い部屋で男と会いました」


「その者とは、どういうやりとりをしたのかね」


「なんかいくつかの資料を見せられて、それでここに決まって……あとスキルを決めて……そしたらダンジョンの中に」


「そのスキルは、どういうものだったのかね」


 僕はハッとした。これは誘導尋問に近い。なにかの情報をこの王様は引き出そうとしている。


 これが試練なのだろうか。殺人者が自らの犯行をうっかり自白してしまうような、そんなことを狙っているのだろうか。だとしたら、ここで下手に嘘をつくとあとあと危険になりかねない。


「時魔法、というスキルでした」


 広間がざわついた。


「それは、どういう魔法なのかね」


「時間を操作する魔法です。時間を早くしたり、遅くしたり、止めたりできます」


 そんな魔法は存在しない、という声があちこちからあがった。


 王様は片手をわずかにあげると、群衆は口をつぐんだ。


「それは、どのような神との契約による魔法なのだね」


「……その人の話によると、この世界を作った名もない創造神が大本らしいですが、今はもういないので、僕がその代理ということになる、といっていました」


「なんと!」


 王様は膝を叩いた。アメリアが驚いた顔でこちらをみている。


(なんだ?)


「ではそなた、魔法使いになる素質があるとみた!」


 兵士たちが一斉に斧槍を僕にむけた。


(は?)


 アメリアも立ち上がると、剣をぬいて切っ先を僕の顎下にあてた。鋭い冷たさに、急に心臓が高鳴りはじめる。


「ち、違う。僕は魔法使いじゃない」


「残念だが……」


 アメリアは心底残念そうにいった。


「お前が安全だとわかるまで、拘束させてもらう」


 僕は兵士たちを引き立てられると、そのままひきずられるように牢屋に入れられた。


(なんだこれは……どういうことだ)


 石造りの冷たい牢屋の中は、不快な匂いで満ちていた。ダンジョンの中に近い。


 明かりといえば点々とかかげられた松明のみ。嫌が上にも気分が沈む。


 僕は床に座って、なんとか状況を理解しようと努めた。


(レアスキルが災いしたのか)


 この世界では--というよりはこの社会では、極端に魔法を使えるものを排除しようとする傾向が強い。だからこそ、普通ではない魔法に対して警戒するのだろう。


 僕が即座に処刑されなかったのは、僕の魔法が危険かどうか判別できなかったからだろう。


 ならば、生き残る道はまだ残されている。


 人畜無害なところを証明できれば、なんの障りもなく開放されるはずだ。


 などと考えていると、奥から足音がしてきた。


「……こちらです」


 顔を格子に押し当てて通路のほうをみると、松明をかかげた兵士が歩いてくるのがみえる。


 その奥に、ネイがいた。先程までの豪華な服ではなく、ダンジョン内でみたのと同じ質素な感じだ。


 嫌な予感がした。


 ネイは兵士を下がらせると、僕と一対一の状況を作り出してから、おもむろにいった。


「私が逃してあげます」


 そらきた。


「いや待て」


「え?」


 ネイはキョトンとした。


「普通囚人というものは、牢屋から逃がすといわれれば、有無をいわずに喜ぶものでしょう?」


「なら少し賢くなれてよかったな。僕は出ないぞ」


「でも私は決めたのです。あなたを逃してあげる、と」


「いやいやいやいや。ちょっと待って。人の話聞いてた? 僕は出たくないんだよ」


「今鍵を開けてさしあげます」


「ちょーっと。ちょっと待とうか。ちょっと落ち着いて、ね?」


 鍵束をガチャガチャと取り出すネイを、僕は慌てて止めた。


「なぜですか?」


「いや、なぜって……」


 ネイの眼光が鋭くなる。


「まさか。一人で逃げられる算段がもうついていたとか……?」


「いやいやいや。馬鹿なことをいうんじゃない」


 ネイは一歩あとずさった。


「やはり、あなたは本物の魔法使い……?」


「思考が飛躍しすぎだっての。そんなわけないだろ」


「魔法使いでないのなら、なぜ逃げようとしないのですか。魔法使いの罪で捕まっているのに」


「だからだよ。魔法使いでないと証明するために、僕はここにいる必要があるんだっての」


「そんなの、魔法使いでないのなら、牢から出て堂々とそういえばいいじゃありませんか」


 なんなんだこの子は。話にならない。


 僕は頭が痛くなってきた。


「いいか。僕が牢から出たら、なんで牢から出たのか疑われるだろ。本当の魔法使いだから逃げ出したんじゃないかって。だから、僕はここにいて、疑いが晴れるのを待つだけでいいの。それですべて丸く収まるの。わかりますか?」


「そうはいきません」


 ネイはかたくなにいった。


「えぇ……なんなんだよ」


「あなた、時間を操れるといいましたよね」


「そうね。いいましたね」


「時間も戻せる、と」


「いいましたね」


「じゃあ、私を助けて」


「はい?」


「ここから出してあげるから、私を助けてください」


 どうしようか、と僕は逡巡した。


 話が通じない理由が見えてきた。この子は焦っているのだ。それも相当。だから問答無用で僕を連れ出そうとしている。僕でないと彼女を助けられないと、彼女は本気で思っているようだ。


 僕は頭をかきむしった。


「わかった。わかったけど、まずなにをしてほしいのかを話してもらおう。僕を助けるかどうかはそれからだ」


「うるさい人ね」


 ネイは僕を無視して牢の鍵をあけた。


「ここだと巡回がきてしまうでしょ! 落ち着いて話せません。あなたはここから出ていくしかないの」


 牢屋は開いてしまった。


 このままでは、この子はなにをするかわかったものではない。


(仕方ない……)


 僕は重い腰をあげることにした。


「で、どこに行くんだい?」


「こっちです。ついてきて」


 僕はおとなしくネイのあとをついていくのだった。

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