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「おーい!」
僕の声が届いたのか、数人がこちらに顔を向けるのがわかった。僕はふと気になって後ろを振り返ってみると、ネイの姿はどこにもいなかった。
「あれ?」
何人かがこちらに走ってきて、僕の姿をみるなりギョッと立ち止まった。
(そりゃそうだ)
僕は敵意のないことを示すように、ゆっくりと両手をあげた。
「聞いてくれ。僕は変態じゃない」
すると、集まってきた一人から、意外な声がした。
「もしかして、転生者か?」
僕はドキリとして慌てて首を縦に振った。
「そうそうそう! 僕転生者!」
「おい! 転生者がでたぞ!」
広場のほうがざわつき、さらに何人かが走ってくるのがみえる。
(これは……まずったか?)
不穏な気配に、僕はいつでも逃げられるよう後ずさりした。
(でも、逃げるとしてどこに逃げる?)
逃げ場はない。
集まってきたうちの、いかにも騎士然とした全身鎧を着た奴が前に進み出ると、兜の中から僕のことをじっと見ているようだった。
「君。名前は?」
黙っているか、正直に名乗るか……。一瞬思考したあと、
「時任要だ」
正直にいった。
「そのマント、どこで手に入れた?」
「ひ、拾ったんだ」
僕がネイが途中でいなくなったことを不審に思い、彼女の存在は出さないことに決めた。
騎士が一歩近づくと、そのぶん僕が一歩さがる。騎士はそれに気づいたのか、
「安心しろ。危害を加えるつもりはない」
そういいながら、兜を脱いだ。
赤色の炎に照らされて、髪の色が朱色のまだら模様に見えた。前にたれた髪を首をふってはらったその顔は、眼を見張るほど美しい女性だった。
「私の名はアメリア・グレス。このダンジョンの警備隊長をしている者だ。心配する必要はない。君は祝福者だ」
アメリアは自身の身体全体を覆っていたマントを外すと、僕にかけてくれた。
「この先でなにか着るものを用意しよう。着替え終わったら、私と一緒に来てくれ。転生者は陛下に会う決まりになっているのでな」
僕は広間に設けられているテントのひとつに連れて行かれ、寸法がだいたいあっている服を渡された。洋服といえば洋服だが、ファンタジー世界の服そのものだった。素材は元の世界と比べるとだいぶ質が悪い。ボソボソした感じの着心地で、皮膚がすれてかゆく感じる。全体的にゆったりとしたものを、革ひもで締めて身体にあうよう調整する。
服を着てみて、僕ははじめて自分の身体が冷えていたことに気がついた。
ダンジョンの中は肌寒かったのだ。今更ながら震えがきた。
テントから出ると、アメリアは数人の騎士とともに僕のことを待っていた。
「さあ行こう。来たまえ」
広場は闇が入りこむ隙間がないくらい松明がかけられていた。
ダンジョンに近いほうは布張りのテントが数張あり、出口に向かうにつれて木造の詰め所。そして石造りの門がそびえ立っている。門は三重になっており、今はすべての門が開かれている状態だった。
ダンジョン内の暗さに順応していた僕は、門の外はあまりに明るすぎて、光の膜があるようにみえた。手でひさしを作りながら門をくぐると、そこには、幅の広い道の両側に商店の立ち並ぶ街中であった。
(この景色……)
見覚えがあった。確か、転生する際に見せられた資料にあった写真の町並みだ。
自分がその場所にいるのだ、と思うと、今まで味わったことのない感動が下腹あたりから湧き上がってきた。
「すごい……」
「王都の東商店街だ。ダンジョン攻略に必要なものは、すべてここで手に入る」
アメリアは僕の言葉を聞いて、誇らしげにいった。
「お城はどこに?」
僕が聞くと、アメリアは左のほうを指差した。その方角を見ても、家々の隙間の先に高い壁が見えるだけだった。
「ここから城に行くためには、城壁を三つ越える必要がある。ここは都市の一番外側で、最も防御の厚い区画になる。仮にダンジョンから魔物が溢れ出たとしても食い止められるようにな」
アメリアは周囲を見回した。
「昔は、このあたりは軍の駐屯地だったんだ。しかしダンジョン攻略が進むにつれて、前線基地がダンジョン内に設置されるようになると、商売っ気たくましい商人たちが少しずつ店を出すようになっていってね。今じゃこれほどまでの規模になっている」
通り過ぎる店をそれとなく眺めてみると、武器屋に防具屋が立ち並び、店先にこれみよがしに装飾のこった装備を飾っている。それ以外にも道具の類を売っている店や、食料品を売っている店などあり、店内にたまっている人をみても、「私は冒険者です」と表明しているかのように腰から剣をぶら下げている人たちで賑わっている。
「みんな、冒険者なんですか?」
「そうだ」
アメリアはいった。
「王都は周辺を軍が巡回していることもあって、治安はかなりいいんだ。だが、ダンジョンに限っては違う。ここは魔窟だ。地上には存在しえない魔物が多くひしめき、この中でしか取れない鉱物や植物が数多くある。だから冒険者たちがダンジョンに潜って、そうしたものを持ち帰ってくるわけだ」
僕はネイのことを思い出した。
あれほど死にそうな目にあっていながら、倒したあとはちゃっかり戦利品をゲットしていた。そういう文化の世界なのだろう。
だとしたら、僕はだいぶ損をしたことになるのではないだろうか。
やはり情報は重要だ。せっかく転生して新しい人生を送れそうというのに、知らないのはもったいない。
「僕はお城で、なにかされるんですか?」
アメリアはうーん、と少しだけうなった。
「難しい質問だな。君は自分を転生者だといったな」
「まあ」
「ならば、本当に転生者なのかどうか、証明しなければならないんだ」
「はあ?」
なんだそれは。試練でも受けさせられるのか。
「別に大したことはしない。形式的なものだ。転生者は比較的頻繁に来るのでな」
「あ、そうなんですか」
うむ、とアメリアはうなずく。
「どちらかというと、君が『裸でダンジョンから出てきた』というほうが問題なのだ」
「え? それって、どういうこと……?」
「さっきも言っただろう。ダンジョンは魔窟だ、と。通常なら裸一貫で入って出てこられる場所ではない。完全装備の冒険者でさえ困難な場所なのだぞ。そうすると、当然上の連中はこう思うわけだ。『人の皮をかぶった魔物が、こっそり潜んで転覆を図ろうとしているのではないか』とな」
「なるほど……」
一応筋は通っている。
「だから君が魔物でないかどうかをテストさせてもらうわけだ」
「それって……僕に言っちゃっていい情報だったんですか?」
恐る恐る聞くと、アメリアは微笑んだ。
「これもさっき言ったが、試練は形式的なものだ。数十年間にわたって数多くの転生者がダンジョンから出てきたが、一度も魔物であったことはなかった。私の勘にすぎないが、君も魔物ではなさそうだし、仮に魔物だったとしても、君なら簡単に斬れそうだからな」
「ははは……」
確かにこのアメリアという女性。
武術関連にまったく疎い僕でさえ、只者ではないという雰囲気がする。
なんというか、圧力を自由に変化させる能力を持っている、とでもいえばいいだろうか。威圧される一方で、包まれている安心感もある。同時に、それが瞬時に刃へと変わって全身を貫こうとしているような、そんな気迫もかすかに感じる。だからこそ、こちらは下手に動けない。
まさに蛇ににらまれたカエル状態なわけだった。