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胸が苦しくなりながら、なんとか呼吸を整えた。
(もし嘘だったらおばあちゃんにしてやる)
そう思いながらも、表情には見せずに女性に手を差し伸べた。彼女の元には、いつの間にか巨大な犬がひかえていた。それはともぞうと同じく青白く発光していた。
「大丈夫か?」
女性はフードを頭の後ろにずらした。長い黒髪がふわりと溢れ出て、肩口をなでる。改めてみると、ずいぶん若い子のようにみえる。
「あの……どうしてそんな格好を……」
彼女は開口一番にそういった。お礼をいうよりも先に、だ。
「勘違いしないでほしい。僕は変態じゃない」
そういいながらも、僕も身体を隠すものがなにかあるんじゃないかと探していた。口ではなんといったところで、この見てくれでは誰も信じてくれないだろう。
運良くさっき倒した機械の破片でお盆のようなパーツがあったので、それを拾って股間を隠す。
「これでどうだろう」
「どう、といわれても……」
「なにも持ってないんだ。仕方ないだろ」
彼女は少し考えると、
「仕方ありません。では、これをあげます」
そういってマントを外すと、僕にわたしてきた。
「おお。ありがたい」
素肌にマントを羽織ると、より一層変態度が上がった気がするが、気にしてはいけないと心を静める。
「それで……あなたは……」
「僕は時任要。君は?」
「私はネイ。ネイ・ローイックです。仲間は……全滅しました」
「全滅……」
僕はその意味を了解しようとしたが、頭が拒絶して耳から抜けていった。
「ここの出口はどこだかわかる?」
ネイはうなずいた。
「この子が道を覚えていますから」
そういって巨犬の頭をなでる。
「すぐなの?」
「撤退中に襲われたので、すぐのはずです。でも、その前に……」
ネイは機械のほうに向かうと、胴体の隙間に杖をねじこんで、表面を無理やりこじあけた。
「なにをしてるの?」
「使えそうなものをできるだけ持ちかえるんですよ。それを売るんです」
(なるほど。ゲームみたいに自動的に手に入るほどゲームチックなわけじゃないのか)
だとすると骨だぞ、と僕は思った。
なにせ通路をふさぐほどの巨体だ。その中から使えそうなものを見つけ出すのは、専門家でもなければ難しいだろう。
「コアは……壊れちゃってますね。これが一番高値になるんですけど」
そりゃそうだろうな、と僕は思った。動力源はなにをするにも使い勝手がいい。そのへんは現実と同じか。だとすれば。
「そしたら、頭のパーツはたぶん売れるんじゃないかな。おそらくカメラだと思うから」
「カメラ……?」
そうか。わからないのか。
「とにかく頭の中にあるレンズみたいな部品のことだよ」
ほかにも使えそうなものがないか、僕はながめてみた。
専門知識があるわけではないが、ロボットといえば現代男子は好きだと相場は決まっている。完全自立型の戦闘兵器といえば、現代でも実現できていない代物だ。コアが動力源だとすると、様々な情報を処理するための中央演算処理装置があるはずだが、どれがどれなのかまるでわからない。
機械内部は一見すると複雑そうでありながら、実際は針金のような細いワイヤーと歯車、ゼンマイが複雑にからみあってできていた。これでどうしてあれほどの動きができるのか、僕には理解できない。
(これが、魔法の力なのか?)
腕部や脚部にアクチュエーターのようなものがあればとも思ったが、それらしきものはまったくない。機械はあるが、電子部品のようなものは見当たらない。
ネイは自分の顔ほどの大きさもあるレンズを外すことに成功すると、肩掛けカバンに無理やり押しこんでいた。
「では、行きましょう。別のに見つかる前にここを出ないと」
犬は機械の間を通り抜けて、僕たちがやっと通るのを待ってから、戦闘を先導しはじめた。犬のすぐ後ろをネイ。さらにその後ろから僕が追う格好だ。
「使い魔はどのくらいしたら復活するのかな」
ネイの背中に声をかけた。ネイは振り返りかけて、途中で思いとどまってやめた。
「記憶喪失でもしたんですか?」
転生してきた、といって話が通じるかわからない。状況がみえるまで話を合わせたほうがいいだろうと僕は考えた。
「そうみたいなんだ。気がついたら身ぐるみを剥がされてここにいて。その上、何も覚えていない」
「入り口にはゲートキーパーがいますから、そんな格好で通すわけないですし、中でなにかに襲われたんでしょうね」
「そうかもしれない」
嘘はついていない。情報を小出しにしているだけだ。
「使い魔はどのくらいで戻るかは、その人自身の持つ魔力量によります。普通ならまあ、一日や二日あれば戻る感じですね」
(充電すれば戻るわけか)
少しホッとした。自分の勝手で飼い猫を呼んでおいて、早々に消滅させたようでは悲しすぎる。
通路をしばらく歩くと、広い空間にでた。気がついてはいたものの、無視していた匂い……血の匂いが充満している。
ネイは広間の入り口でわずかに立ちすくんだ。
「……パーティが全滅したところです」
犬の放つ光はそれほど強くないため、広間の全景を見ることはできない。だが音の広がり方から察するに、それなりの会議室くらいの広さはありそうだった。
「何人パーティだったんだ?」
「私を入れて四人」
数を頼りに広場に誘い出したのだろうか。それがかえって仇となったか。
やられている姿が見えないからか、不思議と僕は冷静だった。正直もっと取り乱すかと思っていた。
ネイは意を決したように広場を進むと、中央付近に近づいた。犬がそれに続き、光が動く。中央には、沼地のように真っ黒な水たまりがあった。僕は恐ろしくなって顔を背けた。なにか肉片のようなものがみえたからだ。
ネイは水たまりにかがみこむと、なにやら周辺をあさりはじめた。
「おい」
僕は声をかけた。「なにをやってるんだ?」
ネイはハッとして立ちあがると、気まずそうに手をはらった。
「……なんでもない」
犬は無言のまま、広場の一角を目指して歩きだした。そこには別の通路への入り口があり、僕たちは無言で入る。
「あとどのくらいででられそう?」
しばらくして、僕は無言の圧力に耐えかねて口をひらいた。ネイからあからさまにホッとしたような雰囲気がした。
「正確なところは私もわからなくて……。でも、カイのあとについていけば大丈夫だから」
「カイ?」
あっ、とネイは声をあげた。
「この子のことです。カイって名前なんです」
「へえ。その犬、かなり大きいけど、それって君の魔力が大きいってことなの?」
「使い魔の大きさと魔力量は関係ありませんよ。それだと大変になっちゃいますよ」
そういってネイは笑った。
「大変って?」
「ああ、そうでした。記憶喪失なんでしたね。私たちは皆魔法が使えることは覚えてますか?」
「そのくらいは……なんとなくだけど」
「大昔に魔法使いと大きな戦争があって、魔法使いが追放されたって話は覚えてますか?」
「そのへんは……あまり」
なるほど、とネイはいった。
「強力な魔力を持っていた魔法使いは地底に逃げて、地表は平和になりました。っていうお話です」
「う、ううむ。ていうかそれ聞いて思ったんだけど、皆魔法使えるなら、全員魔法使いってことになるんじゃないの?」
「そうくると思いました」
ネイはいたずらっぽく笑う。
「地底に追放されたのは、強力な魔力をもつ人たちです。それこそ、魔力を使ってダンジョンを作れてしまうくらい強大な。私たちも魔法を使えますが、私たちのいう魔法使いの魔法と比べると、鼻で笑われちゃうくらいの差がありますよ」
それで、とネイは言葉をついだ。
「使い魔は生まれたとき一緒にいる存在です。血筋で使い魔の系統はある程度決まるくらいで、大きさは個体差が大きく、魔力量には関係ありません。今、高職につける人は魔力の小さな人ほど優遇されますが、そうした人でもクマみたいな使い魔連れている人もいますから」
(魔力の低い人ほど要職つける? それだけ魔法に対する抵抗感が強いということか……? これは、おおっぴらであまり魔法を使わないのが得策だな)
「魔法がまったく使えない人ってのはいるの? 使い魔がいないとかさ」
「いますよ」
ネイはあっさりした口調でいった。
「王族は皆、魔力が一切ない人々です。極稀に地方でそういう人が出てくると、王都からすぐ迎えがきて王族になるそうですよ」
「ずいぶん変わった制度だな……」
「ていうか、そこまで記憶がないと、ここを出たとしてもどこから来たのかも覚えてないのでは?」
僕は苦笑いを浮かべた。
「実はそうなんだ。金もないし、身分を証明するものもない。どうしようかと思ってたところなんだ」
「ダンジョンに入るためには基本的にギルドライセンスが必要ですから、出たら行ってみるといいかもですね」
「それはどこにあるんだ?」
うーん、とネイは難しそうな声をだした。
「ここを出たら、聞けばすぐにわかりますよ」
僕はひっかかるものを感じた。
「君はギルドには顔を出さないのか? こういうのって、出たらまずギルドに行って報告とかするもんだろ?」
「私は……ちょっとその前に行くところがあるので……」
歯切れの悪い言いかただったが、追求して敵対するのは避けたい。なにせここはまだどこからか襲われてもおかしくない場所なのだ。安全圏に入るまで、無駄な危険は冒したくはなかった。
「あ、ほら。見えてきましたよ」
角を曲がると、道の先に灯りが見えた。松明でも炊かれているのだろうか、煌々とした茜色で天井の高い広場らしきところ全体が浮かび上がり、人々の影が壁にゆらゆらと踊るように映っている。
ネイはふと立ちどまると、僕のほうをふりかえった。
「マントはもう着たくもないのであげますが、一緒にいると私まで変態だと思われそうなので、先にいってください」
「いや、僕は変態じゃ……」
「たとえ本当は変態じゃなかったとしても、見た目は変態なんですよ。なんですか、裸にマントって。変態以外のなにものでもないじゃないですか」
「いいから。行ってください」
僕は促されるまま先頭に立つと、寸前のところでこの子に後頭部を殴られるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、灯りに向かっていった。人々の声が十分に聞こえるほど近づくと、不安感は消え去って、むしろ嬉しくなって走りだしていた。