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 二階層は恐慌状態に陥っていた。


 魔物たちはもはや僕たちの姿も見えていない様子で、逃げることに必死になっている。すれ違った大型の見たこともない魔物たちの中には、魔法使いに謁見しようと――あるいは立ち向かうためか――逆流するものもいた。


 魔物とはいえ生きているのだ。


 そんな当たり前のことも忘れて、賞金のためにドラゴン狩りをしていた自分が恥ずかしくなった。これも、自分も実は魔物のほうにこそ近い存在なのだと理解したからこそなのだろう。


 今頃はダンジョンの入り口も大慌てに違いない。一階層と二階層の魔物が大挙して押し寄せているのだ。壮絶な戦いになる。アメリアクラスの強豪でさえ三階層のドラゴンにかなり苦戦するのだから、二階層までとはいえ、並の兵士では辛い戦いになるだろう。


 それを安々と突破してしまう転生者の中でも最強だった三人組は、今や魔法使いに取り込まれてしまった。ドラゴン戦での戦いを思い返すまでもなく、ドラゴン以上の敵と戦えるのは、もはや僕たちのパーティーをおいて他にはない。


(魔法使いが復活したら、王国に住む何万という人が犠牲になるのだ)


 そう思うと震えがくる。掛け値なしに、自分たちが最後なのだ。


 魔物たちにまじって二階層の穴をよじ登って一階層に出ると、あちこちから戦いの音が響き渡っていた。


 僕は緊張した。


(……これは想定していなかったな)


 ほかの転生者たちは魔法使いとの戦いを放棄したと勝手に思っていたが、彼らは彼らなりの戦いをしようと決めたのだろう。一階層に陣取って押し寄せる魔物たちを食い止めていたのだ。


 彼らに魔法使いが倒せるとはとても思えない。しかし彼らを助けるためには、二階層の入り口で戦わなければならなくなる。それでは、時間が足りない。


(魔力をできる限り貯めないと……勝てない)


「皆……聞いてくれ」


 僕は仲間を集めるとそういった。


「魔力を集めるためには時間が必要だ。僕たちは入口付近まで戻る必要がある」


「では、皆さんに撤退の指示を……」


 言いかけたネイを僕は止めた。


「彼らはドラゴンにも勝てないくらいだけど、時間稼ぎにはなる」


「……それ、本気で言ってるのか?」


 リンが挑むような鋭い視線で言った。


「本気だ。魔法使いに勝つためには、利用できるものはすべて利用しなければならない。欲しいのは時間だ。一秒でも長く……」


「それは……そうかもしれませんが……」


 ネイは言いにくそうに言葉をつまらせる。


「悪いが、俺は反対だね」


 ハヤトはキッパリと言った。


「ハヤト……」


 僕は焦燥を感じる。裏では魔力増強のルーティンを回しながら話しているため、いいようのないダルさを感じた。


(なんで今さら、そんなことを……)


 とぼんやりと考えていた。


「でも、魔法使いに勝つためには……」


「そのためなら、なにを犠牲にしてもいいのか?」


「なんでも犠牲にするわけじゃない。彼らだって戦士だ。特別な能力を授けられたんだろ。戦って、負ける覚悟はあるはずだ」


「それなら、お前も負けて死ぬ覚悟はあるのか?」


 僕は言葉が出てこなかった。


 正直に言うと、ない。死ぬ瞬間を想像することもできない。今のような状況になってすら、死ぬという可能性は検討項目にすら挙がってきていない。


 僕たちの――僕の敗北は、王国の滅亡を意味する。


 負けることは許されない状況で、負けることを考えるのは時間の無駄だ。それより勝つ可能性をわずかでも高める方法に時間を使ったほうが理にかなっているのではないだろうか。


 だからこそ、このタイミングでネガティブなことを言いはじめたことにうんざりしてきていた。


「僕たちが負ければ、この国は終わるんだ。負けることを考えてる暇なんてない。妥協して勝てる相手でないことはわかるだろ。勝つためには、今ここで手段を選んでる余裕はないんだよ」


「なら、俺はここに残る」


 ハヤトはとんでもないことを言い出した。さすがに僕も目をむいた。


「なんでそうなるんだよ……」


「俺は元々、一階層に上がってきた二階層の奴らを倒すことを生業としてきた。それは、魔法使いを倒したいんじゃなくて……ダンジョンに潜る連中を助けたかったからなんだ」


 言いながら、自分で納得するようにうなずく。


「だから、俺は俺の役目を果たす。ここに残って、ほかの連中と一緒に時間稼ぎをしてやるよ」


「……そういうつもりで言ったんじゃない」


「お前の言いたいことはわかるよ。必要なこともわかる。でもお前にはお前のやりたいことがあるように、俺にも俺のやりたいことがある。今は、それがわかれちまったってだけのことだ」


 ハヤトは話を打ち切ると、メンバーを見回した。


「俺はそうする。皆はどうする?」


 リンとガデムはお互いに顔を見合わせると、お互いにうなずきあった。


「あたしらもハヤトについていくよ」


「リン、ガデム……」


 リンは鼻を鳴らした。


「別にあんたの考えを否定するわけじゃないよ。立派だと思う。でも正直、あたしの力じゃ、魔法使いに勝てないくらいのことはわかる。ここで戦ってるほかの連中と同じさ。なら、それに加わるのもいいんじゃないかって思ったのさ」


 ガデムは申し訳無さそうに顔をうつむかせた。


「僕は……守り専門ですし……時間稼ぎなら役立てるので……」


 僕は言葉が浮かばず黙った。ハヤトが残りの二人に水を向けた。


「どうする?」


「私は……カナメと一緒に」


 ネイはそう言った。


「私はネイ様と共に」


「そうか」


 ハヤトが踵を返そうとするので、僕はあわてて引き留めようとした。


「おい……!」


「時間がないんだろ」


 ハヤトの口調は軽かった。


「やることをやるだけだろ。お前も、俺も」


 そして振り返ると、僕の胸元を叩いた。


「魔法使いの野郎、絶対に倒そうぜ」


 そのとき、二階層へと続く穴から、黒い絵の具が絞り出されるような勢いで魔物たちが押し寄せてきた。


「さあ、行け!」


 僕はうなずいた。うなずくしかなかった。


 とどまる三人を置いて、僕たちはダンジョンの入口を目指しはじめた。


 一階層はあらゆるところで戦闘が起こっていた。大型の魔物がいないのは不幸中の幸いだったが、小型といってもあなどることはできない。完全武装した小鬼やトカゲの頭をしたやつやらが、出口を目指して死にものぐるいに突撃してくるのだ。


 それを食い止めようとする冒険者たちの損害も尋常ではない。しかしそれをいちいち助けている余裕はなかった。


 僕は、彼らの犠牲がすべて自分のせいなのではないかという思いをどうしても拭い去ることができなかった。こみ上げてくる気持ち悪さが、そこからくるものなのか、それとも魔力の過剰な蓄積によるものなのかはわからない。


 ともぞうが不安そうに鳴いている。


 その輝きかたは明らかに異常で、つついたらはじけ飛ぶのではないかと思われるほどであった。


 自分がどのくらい魔力を蓄えているのかもわからないくらい貯めたが、それでも魔法使いと対峙できるか不安だった。


 僕たちがダンジョンの入口までたどり着くと、前線から撤退してきた負傷者で溢れかえっていた。


 そのとき、ダンジョンの奥深くで地鳴りのような揺れが響いた。忙しそうに手を動かしていた者たちの動きが止まり、その不気味な音に皆耳をすました。


(来たか……)


 僕は何度拭ったかわからない手をズボンにこすりつけた。


 空気が変わったことに誰しも気づいたようだった。ダンジョン全体が身震いしている。僕たちは入口から伸びる通路を進み、最初の広間に陣取った。


 そこは前線で戦う者たちにとっては通過点でしかなく、ガランとしていた。往来こそ激しかったが、やがて前線から戻ってくる数が見るからに減りはじめた。


 僕はその間、ともぞうが破裂しないことを祈りながらひたすら魔力の貯蓄に集中した。


 先に伸びる通路の奥。明かりの掲げられた通路の先から、数人の冒険者が、なりふり構わぬ様子で逃げてくるのが見えた。そのすぐ背後で、それまであった光がフッと消えた。


 壁面の色合いが徐々に薄くなり、何も色を塗っていない模型のように白色に近づいていく。そして漂白されたと思った直後、壁はバラバラになって背後の暗闇に飲まれていった。そこには、黒い球体が浮いている。ローブを羽織った人物が隣にいた。


「僕がやる」


 僕は二人に言った。


「僕があの黒い球を破壊する。アメリアとネイは魔力を失った魔法使いをやってくれ。それで終いだ」


 ともぞうが僕の肩に飛び乗り、尻尾を首に巻きつけた。


 僕は彼を優しくなでた。


 黒球が通路を飲みこみながら広間に侵入してきた。


「時任要の名において命じる。時よ、加速せよ!」


 僕は自分自身を加速させると、魔法使いに向かって突進した。

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