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三日目の朝食を食べあと、しばらく進むと、洞窟の先が明るくなっているのに気がついた。光の先に目を凝らすと、木々の青々とした葉が見える。
「あれが……三階層か」
拍子抜けするほど簡単なことに僕らは驚いていた。
注意しながら、鍾乳洞から出ると、そこは美しく彩られた世界だった。大木は根本から苔に覆われ、しなるように茂る隙間から光がさしている。
「おお、いいところじゃん」
ハヤトが一歩踏み出そうとして、とたんに険しい顔になった。
「リン」
ハヤトが厳しい声で呼びかけると、彼女はわかっていると言いたげにうなずく。
「これはまずいね」
「どうした?」
僕の問いに答えるように、ハヤトはあごで地面を指した。
一見すると苔に覆われた絨毯のようだった。
「よく見てみろ」
言われるままに目を凝らすと、苔に無数のくぼみができていることに気づいた。それに気がつくと、芋づる式におかしなところが見えてきた。
不自然にめくれあがった苔、踏み続けられてグチャグチャになっている泥……。
「すごい数だ」
そのとき、アメリアが突然電光石火のはやさで剣を抜き払った。僕らの足元に、切られた矢がポトリと落ちる。
「お出迎えのようだ」
ハヤトが乾いた笑い声を立てた。
僕たちは各々近くにあった鍾乳洞の柱に隠れた。
「冗談を言っている場合ではない! 引くぞ!」
アメリアが言うのに対して僕は、
「逆だ。突撃する」
と返した。彼女は目を剥いた。
「馬鹿な! 無謀すぎる! 一度後退して状況を見るべきだ!」
僕は頑として首をふった。
「駄目だ。一度引けば敵はさらに守備を固める。我慢比べでは補給のないこちらが不利だ。それに下がったところで安全とは限らない」
後退の過程で素通りしていた大型の注意を引くのは避けたかった。挟撃されれば助からない。
「では、どうする? 多勢に無勢だぞ」
「大丈夫だ」
僕はともぞうを出すと、肩に乗せた。
「ハヤト。手間をかけるが、全員倒してきてくれ」
「あ、俺!?」
ハヤトは自分とは思っていなかったようで、うろたえた声を上げた。
「加速する。それで一網打尽にできるはずだ」
「それはそうかもしれないが……ドラゴン一体倒すのとはわけが違うんだ。時間がかかる。魔法が切れたら終わりだぞ」
「問題ない。切れない」
ともぞうをハヤトの肩に移らせると、ともぞうは尻尾でハヤトの肩にからみついた。
「僕を信じろ」
そのとき、僕たち全員がなにかを感じ取って一斉に顔を上げた。
(なんだ……?)
大気の雰囲気が変わった。
森の奥で、なにかが騒ぎながら近づいてくるような気配。それは威圧とかいう生半可なものではない。空間全体が押し寄せてくるような感じだ。
「ダンジョンが変わる前触れか?」
「こんな急激に……今までそんなことは……」
木の陰からなにかが見えて、僕たちは身構えた。
それは巨大な――見上げるほど肥大化した城だった。正確には荒廃した城、遺跡だ。幹よりも太い根やツタがブチブチと切れて落下し、木々をなぎ倒す。
魔物たちがギャアギャア騒ぐ声が聞こえた。喜んでいるのか、それとも恐れているのかよくわからない、半狂乱な吠え声だった。
土がめくれあがり、亀裂が走り、それが鍾乳洞のほうまで伸びてくるのが見えた。
「これは駄目だ。後退する!」
僕の号令でパーティは鍾乳洞の奥へと後退して、物陰に隠れた。亀裂は鍾乳洞のすぐ手前で止まると、今度は少しずつ幅を広げていく。その背後から、見上げるほどに成長した遺跡の基部が地面から盛りあがり、森全体を飲み込もうとしていた。
「これは……三階層を四階層が食ってるのか……?」
ハヤトのつぶやきは的を射た表現だった。まさに成り代わる現場を目撃していたのだった。
「こんなことは、見たことがない……」
アメリアが呆然として言う。
僕は皆を呼び集めて、車座になった。
「……どう思う?」
「わからない」
リンはお手上げといった様子。ガデムは考え込んでいる。ハヤトを見ると彼は首をふった。
「おそらく……」
ネイが口を開いた。
「魔法使いがダンジョンを出るために移動しているのではないかと」
僕は耳を疑った。
ラスボスというのは、最後の場所から動かず勇者を待ち続けるものだ。そう思っていた。
「そんなこと、ありうるのか?」
驚いた僕に、ネイは「あくまで推測ですが」と前置きをした。
「魔法使いはもともと魔力を蓄えるためにダンジョンを作ったのです。だとしたら、十分に魔力が貯まって外に出るとき、それを閉じようとするのではないでしょうか。最下層の最も魔力のあるところを核にして上層階を取り込んでいき、ダンジョンの入り口に到達したときが……」
「魔法使いがダンジョンを出るタイミングってことか」
ネイはうなずいた。
「魔物たちは……」
ガデムが恐る恐るといった風に小声でいった。
「さっきの森で起こったこと、見ただろ」
ハヤトが返した。
かつて森だったところ――今は遺跡によって埋まっている元三階層には、僕たちが気づいただけでも相当数の魔物がいたはずだった。先ほどまで聞こえていた騒ぎ声も、まったく静かになってしまっている。
僕たちは城が突き上げてくる光景の中、小さな生き物らしき影が打ち上げられるように宙を舞う様子を見てしまっていた。
「魔法使いにとって、魔力で生まれた魔物も自分の養分にすぎないってことだ。考えてみれば、ドラゴンやさらに上級の魔物がいたとしても、結局ダンジョンから出てきたものは魔法使いの一部――魔法使い以下ってことになる」
ハヤトが吐き捨てるように言った。
「あたしたちも生業として魔物を倒してはいたけど、こうもあっさり潰されちゃうのは、あまりいい気分はしないね」
リンは魔物に同情的な意見を述べた。
「奴らも魔力に変換されたのだろうか」
僕の疑問に、アメリアが「そうだろうな」とうなずいた。
「状況的に、そう考えるのが妥当だ」
「じゃあ、ドラゴンが一階層に上がってきていたのって……」
その意味するところに気づいた僕たちは静まり返った。
魔法使いによってダンジョンから生まれでたとしても、生き物なのは変わりない。
「とにかく、魔法使いを倒さないことには状況は悪化する一方だ。どうするか作戦を練る必要がある」
「もうこのまま突っ込んだほうがいいんじゃないか?」
ハヤトがそう言うと、アメリアも同意した。そこへガデムが手を上げたので、全員の注目が彼に集まった。
「あの……このまま一階層に戻って待つのはどうでしょうか?」
「どういうこと?」
「……今の様子だと、魔法使いは下の階から来ているわけですよね。そしたら自分たちがわざわざ危険を犯して行くより、慣れた一階層で待ち構えていたほうが、安全に戦えるのではないでしょうか?」
「なるほど」
僕は手を打った。
「そのままダンジョンの出口で待つのはなしなの?」
リンが指摘した。
「……出口まで来られちゃうと魔法使いは自由になってしまうでしょうし、都市にも影響が出るかもしれません。ダンジョン内で勝負を決めたほうが無難なのではないかと……」
(一理ある)
僕はそう思った。
勝負を仕掛けるなら、経験の多いところのほうが地の利を得られる。
僕は皆を見渡した。
「ほかに意見のある者は?」
誰もいない。
「では、ガデムの案でいく。僕らは一度一階層まで引くが、できるだけ状況を確認してから移動をはじめる」
「どういうこと?」
リンが首を傾げた。
「魔法使いの出現とは別の可能性もあるからな。もし魔法使いが来ないなら、僕たちに残された選択肢は前進しかない。来るなら引くが、来ないなら行くしない。それを見極めたい」
「見極めるつったって、どうやって?」
当然の疑問だ。僕はハヤトの肩をたたいた。
「は?」
ハヤトは目を丸くしている。
「偵察、たのむ」
「はああ? お、おま……さっきとは状況が違うぞ! 下手したら魔法使いと鉢合わせするってことじゃねえか!」
「殺れそうなら殺ってきてもいいんだぞ」
「え……まじか……」
彼の脳内でなにか計算をしていることがよくわかった。影縫と影潜りを使えばなんとか――などと考えているのかもしれない。
僕は心配になって慌てていった。
「すまん。今のは冗談のつもりたったんだ」
ハヤトはみるみる顔を赤くした。地団駄を踏むように立ち上がる。
「やってやらあ!」
結果的にハヤトはやる気になってくれた。
僕が意識を集中させようとすると、ハヤトが不安そうにたずねた。
「ほんとのほんとに、魔力は切れないんだよな? 魔法使いを目の前にして効果が切れたら洒落にならんぞ」
「大丈夫」
僕は力強くうなずいた。
「今の僕の魔力は、たぶん三人組の魔法使いより多いよ」
三人組の魔法使いリアンの能力は、確か魔力1万倍だったか。1万か。ははは。小さすぎて笑いがこみ上げてしまう。
ニヤける僕を不気味に思ったのか、ハヤトは身構えた。
「信じてるからな!」
「お前の腕についてるともぞうの色が薄くなってきたら、魔力が消えかかってる証拠だから、すぐに戻ってくるんだ」
ハヤトの腕に尻尾をからめてしがみついているともぞうは光り輝いていた。
「……わかった」
「よし。いくぞ……。時任要の名において命ずる。時よ、加速せよ!」




