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三人組がダンジョン最奥へ出発してから数日経ち、やっと僕の仕事は完了した。
何十人もの蘇生をやってのけた僕は、その間ともぞうの魔力を増やし続け、加速と巻き戻しを半ば無意識的にできるまで習熟していた。その結果、ともぞうの貯めた魔力は想像を絶する量に膨れ上がっていた。
ダンジョンのほうは、三人組が突入したあとかなりの様変わりを見せていた。その入口は数倍まで拡張され、通路も大ホールのような広さになっている。
王国はドラゴンクラスの魔物が通るための布石だとして、度重なるダンジョン攻略の要請を冒険者たちに出した。しかし先の戦いでドラゴンの恐ろしさを知ってしまった多くの冒険者たちは、意気消沈するばかりか、逃げ出すものまで続出していた。
仮にドラゴンがダンジョンから出てくるような事態になって、巻き込まれるのはごめんだということだった。
しかし噂によると、他国の保有しているダンジョンもまた、同じような状況なのだという。冒険者たちの生活はダンジョンによって成り立っている。どこも同じような状況ということは、逃げ出した冒険者たちは、事実上廃業宣告をしたに等しい。
ダンジョンに潜る冒険者たちの減少を受けて、冒険者ギルドもだいぶ寂れてしまった。
賑わっていた談話室も閑散としている。回復屋のカナタは、はやくも方針を民間医療に切り替えて、一般人向けの新しい薬の開発に取り組んでいた。
ダンジョンの前に広がっていた商店街も撤去が相次いだ。
利用者が少なったのもあるが、魔物がダンジョンから出てきたとき、真っ先に襲われる場所に居座ろうとする者はほとんどいない。
ダンジョンの入口警備は強化され、王都のほぼ全軍がダンジョン周辺に集まりつつあった。とはいえ、彼らとてドラゴンが出てくれば勝てる見込みは低い。ましてやそれ以上の存在――魔法使いが地表に出てきた場合、破滅は明らかだった。
僕たちが旅立ちの準備を進めていると、カナタがありったけの薬を持ってきた。
「これは餞別です」
「薬は禁止なんじゃなかったっけ?」
僕が冗談めかしていうと、カナタは肩をすくめた。
「ただの在庫処分ですよ。棚をリニューアルするので、余計なものは全部あげちゃおうと思いましてね。たぶん利用者はこれで最後になるでしょうし」
僕は薬をありがたく受け取って、効果の高いものを優先的に詰めていった。
「カナタさん。せめて王都から出たらどうですか。もしものときのために」
カナタは笑って首をふった。
「私はしがない薬売りですよ。それに私は、こう見えても自分の運にはなかなか自信があるのですよ。あなたがたが戻ってきたとき、勇者一行のスポンサーたる私が国から逃げていたとなれば、一番儲かるときを逃してしまうでしょう?」
「もし僕たちが戻らないときは……」
「そのときは終わりですよ。まあ、その前に終わってる可能性もゼロではありませんけどね」
物事の深刻さがひどいほど、人々の感覚は麻痺するものらしい。
王都全体で見ると、異様に緊張しているのは王族連中と冒険者たち、そしてダンジョンの物資を生業としていた一部の商人たちで、それ以外は『魔法使いが間もなく地表に現れそうだ』といわれても、おとぎ話を聞いているような顔をするだけだった。
僕自身も夢の中にいるようなふわふわとした気分で準備を進めた。蘇生によって有り余る資金を得た僕たちは、ここで手に入る最高級品で身を固めた。かけられるだけの保護魔法もかけてもらい、アメリアの鎧を遥かに凌ぐ性能を持つ武具を揃えたのだ。
出発の朝、僕は行きなれた飲食店をくぐって、いつもの朝食を食べた。ダンジョンの中でどれほどすごすかわからないが、携帯食は三日分持っている。それを食い尽くしたあとは、現地調達になるだろう。そう考えると、いつもの料理も味わい深く感じる。
最後にもう一度準備の確認を終えた僕は、蘇生屋の看板が『閉店』になっているのを確認してダンジョンに向かった。
ダンジョンの前にはすでにメンバーが待っていた。
入り口に立って見て、ダンジョンの変わりように改めて威圧された。即席の城壁が何重にも作られ、そこには王国の兵士が待機していた。僕たちはその間を通って中に踏み出す。
ダンジョンの中は、広くなったというだけでさほど変わりはないように思われた。広くなったぶん、光が隅々まで届いていないのが不安になる。しかし敵という敵もおらず、風が通り抜ける音だけがか細い悲鳴のように聞こえている。
「風の出どころを探すんだ」
ハヤトは耳を澄ましながら言った。
「風は二層目から吹き上がってきている。風を追えば、二層への道があるはずだ」
風を追い続けること数時間。
二層への道は、階段だと思っていた僕の予想を裏切り、地面にぽっかりと空いた穴であった。それもただの穴ではない。ドラゴンが数体余裕で通れそうなほどの巨大な穴だ。
石造りの道はここまでで、穴から先は、自然にできた鍾乳洞のような天然の洞窟になっていた。
僕たちは穴の前で野営をすることにした。
ここから先はパーティーの誰もが行ったことのない領域だった。
「記録にあった通りです」
ネイは洞窟の先を見ながら固いパンをもぐもぐしていた。携帯食のパンは日持ちするよう堅焼きにしているため、ひたすら噛み続けるか、スープに浸すかしなければとても飲み込めないのだ。
「三人組以外でも、過去に二層に降りた一団は何組かいます。その記録によると、二層は洞窟でそこを抜けると三階層――広大な森に出るのだそうです」
「森? 地下に森が?」
僕が訪ねると、
「魔力の森だよ」とリンが興味なさげに言った。
「妖精とかもいるらしいよ。あと……ドラゴンも」
ハヤトがハハハ、と笑った。
ネイは僕たちの話には興味がないようだった。
「一階層にドラゴンが出たということは、二階層には四階層相当の敵を想定するべきでしょうか」
「そうでしょうね」
アメリアが同意している。
「その先は?」
僕がネイに話をふると、彼女はのうないのページをめくっているような顔をした。
「四階層まで行ったのは、記録の限りでは三人組しかいませんから、かなり曖昧です。森の中に巨大な遺跡があって、その中に階段があり、そこから四階層に降りていくのだそうです。そこは黄金色に輝くダンジョンなのだとか」
「金なのかな」
リンが口を挟んだ。ネイは首をふる。
「報告には、そのように見える苔かなにかだとされていました」
「その先は、前人未到の地というわけか。四階層の敵に関する話はなにか覚えているか?」
「三人組は四階層の入り口を見つけたことで満足してしまったようで、敵とは戦っていないようです。そのときはドラゴンの戦利品も抱えていましたし」
「となると、この先で出会うてあろう敵は、まったく未知の相手ということになるのか」
僕はあごをなでながら言った。
(底がどこまで深いかわからない以上、道具の乱用はできない。しかし未知の敵に対して効率的に立ち回るのは不可能だ)
「敵との接触はできる限り避ける必要があるな……」
これには誰もが同意した。
そこでこれから先は編成を少し変えることにした。
ハヤトを偵察として先行させ、本隊はそこからわずかに離れた距離――あまり離れすぎるとダンジョンの構造が変わったときに見失ってしまう――からついていく。
交代で見張りを立ててぐっすり眠ったあと、二階層へと降りていった。もはや時間の感覚はない。腹時計と眠気が唯一時間を測るためのものさしであった。
二階層は、一階層と比べ物にならないほど複雑さを増していた。鍾乳洞には道と呼べるようなものはなく、滑りやすい不安定な水の通ったあとがあるだけだった。
僕たちは慎重にルートを選びながら進んだ。広い道はドラゴンの通り道でもあるから、細い道を選んでいく。這って進まなければならないような場所もあり、いくつかの道は鎧を着たアメリアやガデムがひっかかってしまったので、僕の魔法で無理矢理こじあけたりもした。
注意しながら進んだこともあり、大型の敵とは遭遇しなかったが、戦闘がまったくないわけではなかった。それの多くは水辺に潜んでいて、水路を渡ろうとしたときに襲ってくることもあった。
幸いそれら小型種は鍾乳洞原産――つまり二階層にいる敵――だったため、ドラゴンとの戦いで経験を積んでいた僕たちにとって、さほどの驚異にもならなかった。
二階層では、僕の腹時計換算でいうと二日間すごすことになった。




