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 通路を形作る石積みのアーチが、地響きで震えて崩れかかっている。その道よりはるかに巨大なものが、無理やりその身体を押しこめながら迫ってきているのだ。


 僕たちの他にも、ここで迎え撃とうとするパーティーがいくつかあった。それは通路の出口を扇状に囲んで、一斉攻撃をかけようとしていた。


 熱い圧力が強風のように吹き込んできたかと思うと、通路を形作っていた石が吹き飛ばされ、その幅も何倍もあろうかという巨体が、壁ごと突き破ってなだれこんできた。


 ドラゴンは半ば狂ったようにのたうちながら、弱点である腹をさらけ出すように横倒しになり、そのままグルリと回転した。と、その背中に見覚えのある人がしがみついていた。


 三人組の一人。女たらしのカーンであった。


 彼は暴れ馬を乗りこなすかのようにドラゴンの首元に足を引っ掛け、ドラゴンの皮膚にびっしりと生える鱗を、あろうことか素手で引き剥いでいた。


 通路を取り囲んでいた一団は、この乱入は想定外だったようで、半ば崩壊しつつ勇敢な数人が散発的な攻撃をしようとしていた。だがそれは末端の足や尻尾に向けられたもので、効果がないことを僕はすでに知っている。


「よし……それじゃあ……」


 僕は言いかけて、背中をはい上がる不安に言葉をつぐんだ。僕の指示を待っていたハヤトたちは不思議そうに僕のほうを見る。僕自身も不思議な気持ちで、僕の中にあるやたら冷静な一部分が、この事態を理解しようと猛烈に考えはじめていた。


(なんだ……?)


 暴れるドラゴン。三人組の一人。あとの二人はやられたのか? 無駄な攻撃を加える冒険者たち――避難させるべきだったのだろうか。いや、違う。そんなことではない。


 音。


 そう、音だ。


 地鳴り。部屋が崩れかかっている。あちこちが。


 僕はネイたちを振り返って叫んだ。


「すぐにこっちにこい!」


 ネイたちが押されるように走り出したのは、決して比喩ではなかった。彼女たちははいごから迫る圧力に明確に押されて、たたらを踏んでいた。その意味するところはひとつしかない。


 ネイたちが駆け出した空白地帯に、巨大な口が通路を破壊しながら噛みついてきた。砕けて飛び散る石と一緒に、褐色色の肌の男――グウェンが弾き飛ばされてくる。それと同時に、別の通路から魔法使い然としていたリアンが部屋に駆け込んでくると、大声でなにかを叫んだと思った直後、通路の先から青白い炎の奔流がほどばしった。それはリアンの正面で透明な封がされているかのように向きを変え、通路の中で激しくうずまいた。あまりの熱でまたたく間に石が溶け、雨のようになっている。


 僕はパニックになりかけた自分を落ち着かせようと必死になっていた。パーティーの誰もが混乱していた。アメリアでさえ立ちすくんでいるのがわかる。


 三匹のドラゴンと同時に戦うなどと誰が想像できただろうか。一匹ならなんとか倒せるかもしれないとタカをくくっていた自分が情けない。


(今はそんなことを考えているときではない)


 そうだ。考えに逃げてはいけない。


 この状況を切り抜ける方法に頭を使わなければ生き残れない。


 自分の知識をフルに使えばなんとかなるはずだ。


 僕はタイムアタックの強者。不測の事態に対するリカバリーには慣れている。想定の範囲外を範囲内にすればいいだけの話だ。


 僕は三人組の対応を観察した。


 カーンは優勢。リアンの相手はまだ見えない。だとしたら僕たちの対処すべき相手はグウェンのやつだ。一各個撃破すれば、一匹ずつ相手にするのと変わらない。必要なのは速度だ。そして運のいいことに、はやさにかけては自信がある。


「ネイたちは部屋の中央へ! ネイを襲ったドラゴンを先にやる! リン! 準備!」


 リンはすでに矢をつがえていた。


「いつでも!」


「ハヤト、アメリア! 行くぞ!」


 アメリアはうなずき、ハヤトは親指を立てた。


「撃て!」


 リンが矢を放つ。僕はありったけの魔力をこめて詠唱をはじめた。


「時任要の名において命ずる。時よ――加速せよ!」


 放たれた閃光弾が火花をちらしながらゆっくりと輝きはじめ、グウェンをはじきとばして鎌首を持ち上げていたドラゴンからくっきりとした影が伸びていく。僕はアメリアの脇に抱えられながら、懐から小瓶を取り出して飲み下す。


 ハヤトがダガーを地面に突き刺して、それ蹴るように飛んだ。器用なやつだ。アメリアのほうは簡易的なスパイクを履いている。移動速度はだいぶ遅くなるが、僕がいれば関係ない。いくらでもはやくできる。


 ハヤトが影にとりついて影縫を発動させるのに合わせて、僕はハヤトへの魔力供給を打ち切り、アメリアに全力を注ぎ込んだ。


「アウカよ! 古き盟約に従いアメリア・グレスに力を与え給え! 《重氷塊連撃》コキュートス・エグゾレイ!」


 地面から突き出した巨大な氷柱がドラゴンに襲いかかる。


 アメリアは的確にドラゴンの後ろ足の一点へ集中的に狙った。何本もの氷柱が合体し、一本の巨大な台地のようになって下半身を跳ね上げたのだ。


 身動きの取れなくなっていたドラゴンはなすすべなく亀のようにひっくり返され、それがスローモーションで行われるものだから、ひどく滑稽な気がする。


 僕はさらなる行動に向けて瓶の中身を飲み下すと叫んだ。


「今だ!」


 僕はアメリアをさらに加速させた。


 アメリアの動きは残像にようになって、早すぎて何を言っているのかわからない言葉を発しながら、燐光をまとった剣の光跡を残しつつぬめるようにドラゴンの腹部に肉薄した。


 どのくらい斬りつけたのか、僕の肉眼で判別できないほどの速度だった。氷の刃がまたたく間に腹部を削り取り、人が通れそうなほどの大穴に巨大な氷の剣が突き刺さる。


 ドラゴンは絶命していた。


 魔法が切れると、僕も、ハヤトも、アメリアも疲労で倒れ込んだ。しかし戦いはこれで終わりではない。


 まだ、二匹いる。


 薬を飲みながら周囲を見回す。


 時間の感覚がおかしなことになっている。


 強力な薬を飲み続けた後遺症なのか、それとも魔法の効果を完全に遮断できてないのか、脳内だけがずっと加速した状態のようになっており、膨大な情報量に身体が処理しきれていない。


 三人組は、その強さを誇るだけのことはあった。


 僕たちの戦いを見ていたグウェンは、趨勢が決まる前に見切りをつけてカーンの戦いに加わっていた。


 彼は僕の能力に近い。


 超人的なはやさでドラゴンの弱った箇所に、確実にダメージを蓄積させている。冒険者たちもそれに加勢していた。すごいのはやはりカーンだった。


 彼は体の半分近くがドラゴンの首元に埋まっていた。


 掘り続けているのだ。


 ドラゴンはその痛みにみもだえするような声をあけながら、全身を振り回して彼を引き剥がすのに必死になっていた。そのおかげもあって、グウェンや冒険者たちが無防備な弱点を攻撃しているのだ。


 一方、リアンのほうは劣勢に傾きつつあった。炎を吐きながら突っ込んできたドラゴンの勢いをリアンは殺し切ることができず、氷による魔法攻撃も硬い皮膚を貫通させることができずにいた。


 彼はドラゴンのはいた炎を、傍らに出現させた彼の顔ほどの大きなもある透明な球体でどんどん吸い込み続けていた。その内部の熱は驚異的に跳ね上がり、直視できないほど白色に輝いている。


 リアンは不意にその球体を取り上げると、お返しとばかりにドラゴンに叩きつけた。氷がダメならより強力な火で、ということか。ドラゴンはその熱に焼かれて咆哮したものの、肉が焼ける香ばしい匂いを漂わせた程度で、やはりそれほど効果はない。


 そのスキをついて、丸太よりも太い尻尾がムチのようにリアンを襲った。彼は身をかわし切ることができず痛打を受けて倒れ込む。あの打撃を受けて即死しなかったのが不思議なほどだ。


 これかわずか数秒のうちに同時に起こっていた。


 その情報すべてを僕の脳は処理仕切ることができなかったが、それでも意思決定させるには十分だった。


「魔法使いのほうを助ける!」


 ドラゴンはすでにリアンへ巨大な口を向け、炎を舌がまろび出ようとしていた。


 直後、放射された炎と魔法使いの間に割り込む影があった。


 ガデムだ。


 彼は新調したばかりの盾を地面に突き立てて壁とし、高熱からリアンを守った。あまりの炎の量に二人は覆われて見えなくなり、波のように室内を暴れまわって、冒険者たちを次々と飲み込んでいく。


「さっきと同じ作戦で行く! リン!」


「あいよ!」


「ハヤト!こっちに来い!」


 僕はぐらつく頭を抱えながら、ハヤトを遠隔でわずかに加速する。


 僕は三本目の薬を飲み干すと、二人も手持ち最後の薬を飲む。


「こりゃあ、ヤク中まっしぐらだな」


 ハヤトがまずさに顔をしかめながら悪態をついた。


 僕は反応したい気持ちをぐっとこらえて無視した。、


「行くぞ!」


 僕たちはリンの射撃に合わせて再び散開すると、ドラゴンに向かっていったのであった。

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