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阿鼻叫喚の地獄絵図。
悲鳴をあげながら逃げ出す者、炭化して崩れ落ちる者。その光景は僕の想像を絶していた。
当初、ドラゴン退治は順調に進んでいた。
三人組は僕たちの存在など知らない風を気取って狭い通路を練り歩いていた。
一階層では、ドラゴンの出現によって元々一階層にいた魔物はほとんどが姿を見せない。魔物にも恐怖心というものがあるのか、それともドラゴンに捕食されてしまったのかはわからない。散歩のようにスタスタと歩く三人組のあとを、先頭を争ってギュウギュウになった冒険者たちの大集団が続く。
僕たちはさらにその後方――大集団の最後尾がかろうじて見えるくらいの距離をたどっていた。
ダンジョン内に響き渡るのは、鎧がガチャガチャと立てる音だけだったが、やがてそれに地響きのようなものが時々聞こえるようになってきた。
僕たちは緊張した。
ドラゴンが部屋を歩き回る音だ。
いくつかの大広間を経てさらにしばらく歩き続けると、大集団の動きが少しずつ遅くなり、やがて完全に止まってしまった。
それに合わせて、生ぬるい風が吹いたかと思うと、大きな爆発音が先のほうから響いてきた。
(はじまったのか?)
通路の中は完全に渋滞だ。
僕は言いしれぬ不安を感じて、パーティーを集めた。
「ここは危ない。一つ前の空間まで下がろう」
否定するものは誰もいなかったので、来た道を戻りはじめた。それにうながされたのか、何人かも戻りはじめる。振り返ってみると、大集団の最後尾も、何人かが抜け出して戻ってきているようだった。
戻ってきた空間はとても広かった。天井は高いドーム状で、古い時代の作りのようにも見える。壁には点々と灯りがあり、全体をぼんやりとさせていた。
ここをハブにしていくつか通路が伸びていて、先程戻ってきた先から、ときどき風がそよいできるのがわかった。
地響きは激しさを増しつつある。
時間が立つにつれて、引き返してくる冒険者たちの数は増え、空間のあちこちで車座になって待機する人々もあらわれはじめた。
そのとき。
ひときわ大きな地鳴りがした。
そしてか細く悲鳴のようなヒューヒューという音が風とともに流れてきた。
待機していた冒険者たちは一斉に緊張して、通路のほうを見つめた。
なにかが爆発するような激しい地鳴りが何度も起こり、やがてガラガラと音が加わりはじめた。
通路の薄暗い影から、わっと冒険者たちがなだれこんできた。その顔は恐怖にひきつっており、僕たちはギョッとした。
なんらかの理由で逃げてきたのは明らかだった。
僕たちは武器を構えた。
通路の先から、なにかが迫りつつある。
いや、なにかではない。僕はもちろんわかっている。その方向からくる魔物といえば、ひとつしかいない。
「……逃げるか?」
ハヤトが僕に耳打ちしてきた。
冒険者たちの中には、はやくも逃げ出している集団もいる。選択肢としては間違っていない、と思う。
「いや。戦おう。想定とは違ったけど、いずれは戦わなきゃいけない相手だ」
今更ながら、装備を最低限にしてしまったことに舌打ちする。僕は懐の回復薬を指でなでて数えた。五本。それに今回は前回の反省を踏まえて、アメリアが一本、ネイとハヤトが二本ずつに加えて、ガデムとリンが予備として一本ずつ持っている。
一本だけで金貨数百枚するような高級薬を十本以上も持ち込んでいる。それに減らした装備のほとんどはダンジョン内で野営したりするための道具であって、戦闘用のものは極力持ちこんでいる。
混乱が加速度的に上がりつつある中、僕たちは冷静に作戦を伝える。
「ネイ、リン、ガデムは逃走用の通路前で待機。ハヤトは影縫で敵を拘束。アメリアはドラゴンの柔らかい腹を攻撃してもらう」
「奴は腹を見せない。前回はそうだったじゃないか」
前回の作戦もほぼ同じだったのだ。
ドラゴンの皮膚は強靭な鱗によって守られているが、腹部に関しては例外だった。ネイが三人組から仕入れてきた弱点は、腹だったのだ。
そこで僕たちがドラゴンの注意をひきつけている間に、アメリアとガデムが懐に入り、弱点を集中攻撃する……というのが前回立てた作戦であった。
「今回は作戦を少し変える」
僕は皆を見回した。
「アメリアとハヤトを、僕の魔法で加速させる」
「まじか」
ハヤトがそのときのことを思い出したのか、気分悪そうな顔をした。
「僕はアメリアにつく。ハヤトへの加速は遠隔になるから、効果はそれほど長くは持たないと思ってほしい。とにかく影縫を成功させてくれ」
「わかった」
「ドラゴンが姿を現したら、リンは弓で照明弾を放つ。その影にハヤトは影縫をする」
リンはうなずきながら、すでに弓を取り出している。
「できるだけハヤトの近くに影ができるよう、頼む」
「任せときな」
僕はアメリアのほうを向いた。
「アメリアは二段階の攻撃をしてもらう。理屈は単純だ。ドラゴンの下から氷を突き上げて胴体を持ち上げ、下に潜り込んで刺す」
ハハハ、とアメリアは乾いた笑いをあげた。
「確かに簡単そうだ」
「できるか?」
アメリアの眉が下がった。
「できない、といったらやめるのか?」
「いや……お前にしかできないことだ。頼む」
「それでいい」
アメリアはゆっくり剣を抜くと、刃先を指でなぞった。
「これで私もついにドラゴンスレイヤーか」
感慨深そうに言う。
衝撃音が近づいてくる。
ネイたちは通路のほうに移動し、僕たちは、隊列を組んだ。
「いいか。完全に姿を現してから勝負だ。あせって身体が部屋に入る前にはじめても、ひっくり返せない」
「そんなことはわかってる」
ハヤトは笑って、僕の肩を叩いた。
「お前が一番緊張してるぞ。三回目だろ。慣れろよ」
確かに。僕は自然と口角が上がった。パニック状態の他パーティーに煽られてら不要な緊張をしていたようだ。
「ありがとう。ハヤト」
ハヤトは何も言わずに僕の肩を何回か叩くと、ダガーを抜いた。




