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僕たちは通路を引きずられて、ネイたちが後退していた部屋までやってきた。ネイはすでにリンに回復魔法をかけ終わっていて、リンもまた、回復時の激痛に悶えていた。
「……死者が出なかっただけでもよしとするか」
アメリアは川の字になっている僕たちを見下ろしながらため息をついた。
耳をすますと、いまきた通路のほうから、怒り狂ったドラゴンの咆哮が地鳴りのようにしている。壁に体をぶつけているのか、不安になる振動がここまで伝わってきた。
「一度撤退だ。追いつかれる前に移動をはじめよう」
アメリアの的確な指示で、パーティーは動きはじめた。リンも少し休むと痛みが引いてきたのか、自力で歩けるまでに回復した。僕とハヤトは魔力を使い切ってしまった反動で完全に気が抜けてしまい、芯のないぬいぐるみのようにぐにゃぐにゃになっていたから、半ば引きずられるように運ばれた。
出口に近づくほどドラゴンに襲われる脅威は低くなっていく。ダンジョン内の魔力が薄くなるため、膨大な魔力を活動に消費するドラゴンは、陸にあげられた魚のようになってしまうのだという。
しかし、アメリアが調べたところによると、ダンジョンが育ちきった暁には、魔法使いはダンジョンに溜めこんだ魔力を一気に開放させて地上に出てくるだろうという。
それだけの魔力量があれば、ドラゴンをはじめとする強力な魔物も十分活動できるということだった。
出口まで戻ってきた僕たちは、そのまま回復屋に担ぎ込まれて、カナタさんの治療を受けるハメになった。
「はやくドラゴンを倒してくれないと、こっちも大損ですよ」
などと陰口を叩かれながら、治療費だけで金貨数千枚もする薬を飲まされ、痛みと吐き気をこらえてグッタリするうちに、気がつけば部屋で寝ていて翌朝になっていた。
昼頃にアメリアが血相を変えて部屋に飛びこんできた。
「三人組がダンジョンに入ることになった」
「なにっ」
僕たちは慌ててメンバーを呼び集めた。
「三人組はいつ出発するんだ」
「今日の夜だそうだ」
「夜……?」
首をかしげる一同に、アメリアが補足する。
「奴らはどうやら、ドラゴンの寝込みを襲う気らしい」
「……寝るのか?」
「生き物なんだから、寝るんだろう」
そんな情報すら僕たちは知らないのだ。寝ているドラゴンを襲う。確かに考えてみればタイミングとして十分だろう。
「もう少し猶予があると思ってたんだがな」
僕がため息をつくと、ネイが励ますように言った。
「まだチャンスはあります! その方たちが入る前に、私たちがもう一度入って倒してしまえばいいんですよ!」
「もっといい方法があるぜ」
ハヤトがニヤリと笑った。
「三人組のあとをこっそりつけて、漁夫の利を狙うのさ」
僕の中でなにかがひらめいて、思わずポンと手を叩いた。
「それだ」
皆がハテナを浮かべたままこちらを見てくる。
「奴らのあとをつけよう」
「まじか?」
僕はうなずいた。
「奴らがどうやってドラゴンと戦うのか見たい。それに、倒したあと、奴らが残したドラゴンの残骸からでも、それなりに金になるのは残ってるだろ。無理に戦って倒すより、そのほうが学べる点は多い」
「そりゃそうかもしれんが……」
ハヤトは困ったように見回した。
「あたしゃカナメに賛成だね。死ぬような危険を犯さなくてもそれに近い利益を得られるなら、むしろ願ったりじゃん」
「ドラゴンを倒したという名誉は得られなくなりますが……」
ネイが口をはさむと、リンは呆れたように手をあげた。
「そんなもんのために戦ってるわけじゃないでしょ」
「それはそうですが……」
「下層に行けばドラゴンなんてもっといるだろうし、もっと強いやつもいるだろう。一階層のはくれてやれ」
僕はそう言ったあと、ガッカリするネイの横顔を見て言いすぎただろうか、と少し気分が沈んだ。
「倒す手応えは味わってみたかったがな」
アメリアが悔しそうに言うと、ガデムも「そうですね」とはにかんだ。
場が冷えてきたのを感じた。僕は内心あせって、話題を変えることにした。
「それで、ドラゴンがやられたとして、どこが一番価値が高いんだ?」
「心臓……でしょうか」
ガデムが話に乗ってきてくれた。
「どれも市場にはめったに出回らないから相当な価値があるだろうが、一点物はより価値があるだろうな」
アメリアはうなずきながら言った。
「魔法大戦の頃は、ドラゴンのキバがとても価値があった、と本で読んだことがあります」
ネイが言った。
「キバ? 薬にでもするのかな」
「いえ、それで竜の戦士を作り出すんだそうです」
「なにそれ強そう」
「ドラゴンの炎にも耐えられる身体と、キバのように鋭い武器を持っていたんだそうですよ。それがキバ一本につき一体作れたそうなのです」
「それ、勝てるのか?」
ハヤトは呆れたように言った。ネイは「あくまで伝説なので」と苦笑する。
「その名残りなのか、今でもそれなりの値段で売れるのではと思います」
「どちらにせよ、あいつらが残していった中からよさそうなのを持っていくしかないな。いくら勇者とかいっても、ドラゴン丸々一匹は持ち帰れねえだろ」
ハヤトはカラカラと笑ったが、僕は内心気が気ではなかった。
(せめて支出ぶんだけでも取り戻さなくては)
営業のときに染みついたくせで、どうしても頭の中で収支計算をしてしまう。
「それで、我々としてはどう動くつもりなんだ?」
アメリアは手甲の具合を確かめながらいった。今更ながら、僕は彼女の鎧がボロボロになっていることに気がついた。
会った当初は白銀に美しく輝いていた鎧は、今やところどころススに汚れ、あちこちに傷もついている。
アメリアだけではない。先ほど重傷を負ったリンの革鎧は衝撃で裂けてしまい、彼女は厚手の服を着ているにすぎない。ハヤトのダガーも、硬い石床に何度も突き立てたせいで、刃先が刃こぼれしていた。もっともひどいのはガデムで、アメリアのような魔法のかかってない鎧はひしゃげ、一部は裂けて取れかかっているところもある。身の丈ほどあった盾は、撤退時に投げ捨ててしまったので、もはや守るものがなにもないというありさまであった。
僕の脳内でソロバンが弾かれる音がする。
――といっても、計算のしようもない。
「まずは補給だ。装備と道具を揃えて、三人組がいつ来てもいいようダンジョン前の野営地で待機する。休息もそこで交代して取る」
僕は二回戦目に備えて残しておいた残金をすべて放出した。
「僕たちの目的は二つだ。一つ目は、ドラゴンの倒し方を学ぶこと。二つ目は、ドラゴンの素材をできる限り持ち帰ること。戦闘はしない。だから装備は必要最低限なものだけにして、代わりにたくさん持ち帰れるように空きを作っておくこと」
それぞれが解散したあと、僕は胃のネジ切れる思いでカナタのところに報告へと向かい、半ば土下座する勢いでできる限り値打ちものを持って帰ってくるからそれで勘弁してほしいと頼みこんだことは、ほかの誰も知らない秘密だ。
※ ※ ※
ダンジョン前には、三人組出発の噂を聞きつけた群衆でごった返していた。僕たちが入り口のテントのひとつを枕にするころには、僕たちと同じような考えのパーティーでどのテントも埋まってしまい、外には行列ができているのではないかと思われるほどだった。
アメリアは入口の警備隊長ということもあって、事態解決のため走り回っているらしい。ドラゴン事件のせいでダンジョンに入る冒険者が少なかったこともあり、後任人事を後回しにしていたツケを食らった形だ。
「おい、カナメさんよ。どうするよ、これ」
テントから顔を出していたハヤトが、苦虫を噛み潰したような顔で聞いてきた。
「どうするって言われても……なぁ」
このことを予想していなかったのは完全に落ち度だった。
考えてみれば、誰しも漁夫の利を狙うに決まっているのだ。皆金に飢えている。ネイの話を信じるならば、キバの一本でも持ち帰ることができれば儲けものだ。
しかし現在のところ、僕たちのマイナス経費はほかのパーティーをはるかに上回っている。一本どころではとても足りない。
できることなら歯は全部。欲を言えば心臓とか脳みそとか、とにかく高そうなやつならなんでもいい。なんでもいいのでありったけ持って帰らなければならない。
「こうなったら争奪戦だ。持っていけそうなものはなんでもいいから持って帰る」
リンが手をあげた。彼女の膝ではネイが寝息を立てている。
「あたしの経験から言わせてもらうと」
リンはやけに神妙に言った。
「危ないのは素材をはぐときじゃない。それを持ち帰る道中だ。素材を取れなかった多数の連中が、ここぞとばかりに盗賊になるのが一番危ない」
「なるほど……」
これも僕にとっては盲点だった。
「そうすると、誰からもわかるようなデカ物よりは、かばんに隠せるくらいのサイズがいいってことか」
「それに加えて、あたしたちも取れなかったんだよーって雰囲気を出すことも重要」
「なかなか難しいな……」
そこへアメリアが唐突に入ってきた。
「来たぞ」
それだけ言ってすぐに出ていく。
僕たちはお互いを見つめ合った。リンはネイを揺すって起こし、ガデムは新調したばかりの装備をしきりにいじっている。ハヤトは思いつめた顔でブツブツつぶやいていた。
「行くぞ」
外から歓声と拍手が鳴り響いている。
三人組を勇者と讃え、ドラゴンを打ち倒し、さらに下層にいる魔法使いを倒してほしいという願いのこもった詩が詠まれている。
僕たちが外に出ると、声援を背中に受けた三人が、ニヤニヤと笑いながら目の前を通り過ぎようとするところだった。そのあとを、大量の冒険者たちが続く。
「これは……あとをつけるとかなんだとか、そんなレベルじゃないな」
ハヤトはため息をついた。
冒険者たちは入口に消えていく三人組からつかず離れずの距離を取っていたが、数が多いだけに滑稽でしかなかった。どちらかというと、アイドルを遠巻きに見つめるファンに近い。
僕は内心うんざりした。
この連中の行動もうんざりするものだったが、なにより腹立たしいのは、その中に自らも入らなければならないということだった。
「できるだけ最後尾から行こう。こんなひしめき合ってるときにドラゴンのブレスでも食らったら、全員逃げられず仲良く丸焦げにされてしまう」
「同感だ」
アメリアは周囲を見回しながら同意した。
僕も見回してみると、どうやら同じ考えの人が何人かいるらしい。
大集団のあとを僕たち含めた小集団がパラパラと追うような格好になった。
(勇者のダンジョン攻略……じっくり観察させてもらうぜ)
僕は少なからずワクワクしている自分に気がついた。
タイムアタック界隈では、優秀なアクションはどんどん取り入れるのは当たり前だ。というより、採用しない理由がない。最適解をさらに最適化するのがタイムアタックだ。そのためには、現時点での最適解を知るまたとない機会だった。
僕はすでに姿が見えなくなった三人組がどう戦うのか、脳内でシミュレーションをしながら、その歩みを進めたのだった。




