神様の面接
気がつくと、僕は白い空間に立っていた。
体中を触ってみる。どこにも怪我はない。それどころか、服にも傷一つない。おかしいのはこの空間だけだ。
正面の離れたところに、机と椅子があり、スーツ姿の人が座ってこちらを見ている。
それ以外にはなにもない。床と壁と天井の境目がないため、広いのか狭いのかもわからない。圧迫感もなければ開放感もない。
なにもない、としかいいようがない。
「あのー」
僕は遠くに見える人に呼びかけてみた。その人は山高帽をかぶり、こちらに手をふっている。というよりは、手招きをしている。
僕はこの異常な状況にドキドキしながらその人に近づいていった。
「どうぞ、おかけください」
その人は--男だ--机の前にある空いている椅子を指し示した。
「……ありがとうございます」
僕は警戒しながら座る。
「あの。ここはどこなんでしょうか?」
「ここは門です」
「門?」
男はうなずきながら、どこから取り出したのか書類を広げはじめた。
「死んだ人が行く先を決める場所ですよ」
「あ……」
やはり僕は死んだのか。電車にひかれて死んだのだ。
「そうですか。ですよね。そんな気はなんとなくしてました」
僕は注意深く男の様子をうかがった。男はまゆひとつ動かさず書類のページをめくっている。
「それはなにをしてるんですか?」
男はチラリと目をこちらに向けた。
「……質問の多い人だ」
「す、すいません」
男は再び視線を落とした。
「とがめているわけではありません。あなたがどういう人か考えていただけです」
僕は頭をかいた。
「質問……多いですかね」
「それも質問ですね」
「た、たしかに……」
男は書類をとじると、机の上で指をくんで僕と相対した。
「あなたは、ファンタジーの世界に興味はありますか?」
「フ、ファンタジー……ですか。それって、魔法とかそういう?」
「そうです」
「は、はい、もちろん好きです。というか大好きです」
「それなら、ちょうどいいところがあります」
「いいところ?」
「転生先です」
(転生!)
僕のテンションは上がった。つまり僕はこれから転生勇者になるということか!
「ど、どんなところですか? 僕はどんな最強スキルをもらえるんですか?」
僕の興奮とは正反対に、男はまたどこからか紙を取り出すと、それを僕に見えるようスッと出してきた。
その書類には文字や写真があるようだったが、ひどくぼやけてみえる。なにか書いてあることはわかるのだが、焦点がまるで合っていないカメラを通してみているようだ。
「み、みえません」
「これは相性が悪いようですね」
そういうと、別の紙を出してきた。これもみえない。さっきよりもひどくて、頭痛がするほどだった。
「では、これは?」
さらに別の紙を出してきた。それは今までとは打って変わってはっきりと見えた。まるで説明書の冒頭にある世界観の紹介のようだった。
魔法世界アントラム
剣と魔法の世界。
誰しも魔法を使え、特に魔力の強いものを魔法使いと呼ばれる存在が世界を統べていた。しかし百年戦争によって魔法使いは地下奥深くに追いやられ、地表には平和がもたらされた。
地底に隠れた魔法使いは強大な魔力を使ってダンジョンを生成し、魔物を生み出しはじめる。再び地表の支配者になるべく、その戦力を地下で整えはじめたのだ。
国王はこの事態を憂慮し、ダンジョン攻略を命じた。
ダンジョンは魔力の豊富な場所。地表では見られない希少価値の高い素材が手に入ることから、ダンジョン攻略は一大産業へと成長する。しかし同時にありえないほど強力な魔物の潜む危険な場所でもあった。
ダンジョン奥深くに潜れるのは、精鋭の冒険者たちのみ--。
あなたは果たして、ダンジョンの最奥にいるという魔法使いまでたどり着くことはできるだろうか!?
ご丁寧に写真つきだ。
数枚の写真がプレゼンのように挿入されている。
栄えている--というよりは半ば森に埋没しているような都市の遠景と、ダンジョンと思われる巨大な門を背景に、手前側には人でにぎわう商店が並んでいる写真。
「どうやらみえるようですね」
男は紙を取り上げた。
「魔法世界アントラムですか」
「僕はここに転生するんですか?」
「そうですね。あとはスキルですが……」
僕の胸を最高潮に高鳴った。
「な、なにがもらえるんですか? 選択式ですか?」
「いえ、あなたの経歴にもとづいてこの世界で最も相性のあったものになります」
「僕にあったスキルってなんなんですかね」
男は新しく取り出した紙に目を通しはじめた。
そして懐から、一枚のメダルを取りだした。
「ではこれを投げてください」
渡されたメダルは銀色でずっしり重い、簡素な装飾で縁取られていた。その中央部はなにか描かれているように見えるが、ぼやけていてみえない。
「これは?」
「そのメダルはシュレディンガーメダルと呼ばれるもので、観測したときにランダムな数字を表示します。その出目は1000000000まであります」
「は?」
「あなたにどのスキルが適しているかは、そのメダルが決めます。どのスキルになるにせよ、十億分の一ということになります」
僕はメダルと親指に乗せると、指で上にはじいた。くるくる回転するメダルと手の甲でキャッチする。
ゆっくりと開いてみると--そこには数字が現れていた。『42』と表示されていた。
男は用紙の上で指でなぞり、その一点で止めた。
「どうやらアントラムにおいてあなたと相性のいいスキルは『時魔法』のようですね」
「ときまほう?」
「時間を操る魔法です。ほう、かなりのレアスキルですね。おめでとうございます」
「お、おお……」
レアと聞いて嬉しくなる僕だったが、時間を操る魔法のすごさがいまいちピンとこない。
「それって、どういうことができるんですか?」
男は小冊子を取りだして、パラパラとめくった。
「時間を止めたり、加速させたりできるようですね。アントラムにおいて、この魔法を使えるのはあなただけのようです」
「ぼ、僕だけですか!?」
「はい」
男はさらに小冊子をめくった。
「アントラムでは、魔法を使うためにはその魔法を司る神と契約しなければならないようです。しかし時魔法は司る神はいません。つまり、あなた自身がその神の代理的な存在になるというわけですね」
「ぼ、僕が神に!?」
「正確には、神のような力を持った人ですね」
「……なにが違うんですか?」
「時を操れる範囲は、あくまで魔法の効果範囲にしかおよばないということです。時の神そのものではない、ということのようですね」
「それなら、時を操る神がいないのはおかしくないですか?」
「いえ、時というのは宇宙そのものの性質なので、あえていえば、宇宙を創造した神が時の神といえます。ただ創造神は宇宙創造の際に宇宙と同化してしまったため、今は存在しません」
「へえー……」
わかったようなわからなかったような。とにかく時魔法に関しては僕がトップオブザ・トップということなのはわかった。
「では次に、使い魔を選びましょう」
「使い魔って?」
「常に付き従う特別な動物のことのようです。アントラムでは、使い魔がいなければ魔法を行使できないようです。使い魔を触媒にして魔法を使用するのです」
「し、しょくばい……?」
「使い魔は魔力を蓄える性質を持つ魔法生物なのだそうです。魔法を行使しようとする際、使い魔が蓄えている魔力を引き出して使うのが魔法……いうなれば、電池のような存在ということになりますね」
「それって、自分で決められるんですか?」
「なにかお好みの動物でも?」
僕は頭をかいた。
「あの、僕が死んじゃったってなったら、飼ってるペットとかって、どうなるんですかね?」
男は違う紙を取り出すとさっと目を通した。
「あなたの世界の場合、親族がいればそこに引き取りをお願いする場合があるようです。ただ親族が断ったり、あるいは親族がいなかった場合は、保健所に送られることになります。そこで一定期間引き取り手があらわれなかった場合は殺処分ですね」
「殺処分……あの、その、ペットって、使い魔にはできないもんなんですかね?」
「もちろん可能です。ただその場合、この世界でのあなたのペットは、あなたと同様になんらかの方法で死ぬことになります」
「そ、そうですか……」
「どうしますか?」
ともぞうの家族は僕だけだ。僕と一緒にいてほしい。ただ、僕のために殺すのは、ともぞうのためになっているのだろうか。
僕のいなくなった部屋で、一人鳴き続けるともぞうの姿を想像して、僕は心臓がはりさけそうになった。
(ともぞう……ごめん)
「ペットを……ともぞうを使い魔にします」
僕は、僕の意志で一人の生き物を殺すことに決めた。
ともぞうがもし話せたら「なんで勝手に殺したんだ」とかいうかもしれない。でも、僕は決めた。そう思うならそういってくればいい。同じ場所にいさえすれば、いう機会がそのうちあってもおかしくはない。だたここで離れ離れになってしまったら、いう機会は二度とない。それに--これは僕の言い訳だが--あの世界では死ぬが、新しい世界に生まれ変わるのだ。そう考えると、僕はだいぶ気が楽になった。
「では、準備は整いました」
書類はすべて消えて、男は指をくんだ。
「幸運を」
突然直下に穴がひらいて、椅子ごと僕は落下した。
胃が持ち上がる浮遊感に、僕は思わず目を閉じた。真っ暗な中、どのくらい落ちるのか想像しようとして……その直後にドスンと尻もちをついた。
「いてっ!」
目をあけると、そこは薄暗い通路の中であった。