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「で、話ってのは?」
「……先ほどの話、お前はどう思った?」
「どうって……ダンジョンを攻略しろって話?」
「違う。それはそれで重要だが、それではない」
「なんだ。はっきり言え」
「鈍い奴だな。ネイ様のことだ」
「あ? なんだ、そんなことか」
「そんなこととはなんだ!」
アメリアは眉を釣りあげて地団駄を踏んだ。
「お前、我らがネイ様がどこの馬の骨ともわからぬ輩に嫁いでよしとするつもりか!」
僕はため息をついた。
「あのね。君にとってはそうでも、他の人にとってそうであるとは限らないんだよ? そもそもだよ。僕にとって、あの人は数日しか会ってない関係なわけで、良いも悪いもないんだよ。僕にとってはネイが結婚するかどうかなんて、はあそうですかってくらいのレベルなわけですよ」
なにぃ、とこめかみがいいそうなほど血管が浮きでたアメリアは、なにか言いたげに口を開きかけて、歯を食いしばり、再び口を開いた。
「貴様を見込んだ私が節穴だったわ!」
怒涛の勢いで立ち去ろうとするのを、僕は両手で押し留めた。
「まあまあ、落ち着けよ」
「もはや話すことはなにもない!」
「お前がそこまで取り乱すということは、あの三人組はダンジョン攻略する可能性が高いってことか?」
アメリアは不服そうながらうなずいた。
「私の知る限り、転生者の中で一番強いのはあやつらだからな」
「有名なのか」
「三階層まで降りて帰還できる奴は少ない。ましてやドラゴンを戦利品として持ち帰ってくるとなるとな。噂では、四階層まで降りた経験があるらしい。そこまで降りた冒険者は、ここ数年はあやつらしか聞いた覚えがない。そのくらい凄まじい強さを持っているのだ。有名にならないほうがおかしい」
「その割には嫌っているようだな」
知れたこと、とアメリアは吐き捨てるように言った。
「あの三人組のリーダーであるカーンはな。巷では女たらしで有名なのだ。もしあんなのにネイ様が嫁ぐことになってみろ。弄ばれるだけ弄ばれて、王族の地位だけのために飼い殺しにされるのがオチだ」
僕はあごをなでた。
「僕はこの世界についてほとんど知らないから教えてほしいんだが、ここのダンジョンはどのくらいの階層があるんだ?」
アメリアは困った顔をした。
「平均的なダンジョンなら、五階層か六階層といったところだが、ここのダンジョンがどこまで深いかは、誰も行って戻ってきていないからわからないのが正直なところだ」
「平均的……ってことは、ダンジョンはほかにもあるのか?」
アメリアはうなずいた。
「ある。前に話したかもしれないが、過去の戦争で破れた魔法使いたちは地下に逃れたんだが、魔法使いたちは各々の場所にダンジョンを作ったんだ。発見されたダンジョンは、初期の頃かなり攻略されていて、残っているダンジョンはあまり多くはない」
「なんだ。結構簡単そうじゃないか」
「とんでもない」
アメリアは目を見開いて手をふった。
「初期の頃攻略できたのは、魔法使いの作ったダンジョンがさほど成長していなかったからだ。ダンジョンは魔法使いの魔力供給源として機能する。時間が経てば経つほどダンジョンは成長し、魔法使いはより強力なものとなる……」
「……それなら、なんでここのダンジョンはずっと攻略しようとしなかったんだ」
「人の性とでもいうべきか。管理できるくらいの数までダンジョンが減ると、一部の人々は、ダンジョンから取れる貴重な資源に価値を見出すようになったのだ。ここも今でこそ王都にまでなったが、かつてはダンジョンを管理するための砦だったのだ」
「つまり、今更になってその危険性に気がついて、慌ててなんとかしようと転生者たちを招集したってことか」
「ありていに言えば、そうなるな」
「ダンジョンを放っておくと、どうなるの?」
アメリアは気難しい顔をして腕を組んだ。
「正直わからんのだ。ダンジョンが生成されたのはほぼ同時期で、未だダンジョンから魔法使いが姿を表したという話は聞いていない」
「昔攻略されたダンジョンには魔法使いがいたんだろ? そいつらはどんなだったんだ?」
「聞くところによると、無力な老人だったそうだ。初期の頃は特に、ダンジョンを作るのに全魔力を使ったんだろうな。あっけないほど簡単に討伐されていたらしい」
「今はそんな簡単にはいかないだろうな」
うむ、とアメリアはうなずいた。
「ダンジョンの魔力の源は、いうまでもなく魔法使い自身だ。上の層に行くにつれて魔力の供給は落ちる……。魔力を糧に生きる魔物は、その力量に応じた魔力を必要とするから、入口に近いほど弱い魔物の棲家になっていたんだ。それが、今回の件で、三階層の魔物でも活動できる魔力が一階層に満ちてきているということがわかってきた……」
アメリアは悔しそうに机を叩いた。
「くそっ。ネイ様はそのことをずっと警告されていたのに……このような事態を招いてしまうとは……!」
そのとき、ドアの向こう側で不敵な笑いが聞こえてきた。
「なにやつ!?」
アメリアが剣を抜いてドアをパッと開けると、しかしそこには誰もいない。
「ここだ」
振り返ると、ハヤトがしたり顔で立っていた。
「お前……どうやって」
「これが俺が転生するときにもらったスキルなんだよ」
ハヤトが印を結ぶと、足元からズブズブと沈んでいく。印を解くと、今度は浮かび上がってきた。
「闇魔法ってやつだ」
「忍者みたいなやつだな」
何気なく僕が言うと、ハヤトの表情がパッと明るくなった。
「だよなぁ! お前もそう思うだろ? ずっとそういう機会を狙ってたんだけど、この世界には忍者っていないらしくて、誰もわかってくれなかったんだよなぁ!」
アメリアが頭を抱えた。
「その自慢をするためにわざわざ追いかけてきたのか?」
「違うさ。もちろん。俺たちもお前たちの計画に乗らせてもらおうと思ってな」
「俺……たち?」
「ガデムとリン、それと俺」
僕は頭をかいた。
「それはありがたい話ではあるが……相手はドラゴンよりも強力なんだぞ。しかも前人未到の場所に行くことになる」
「わかってる。でもそれならなおさら、人手は必要だろ?」
「死ににいくだけだ」
僕は吐き捨てるように言った。
「この世界はゲームとは違う。レベルもなければステータスもない。斬られれば痛いし最悪死ぬ。それはお前、よくわかってるだろ」
「わかってる。だからこそ、だ。時間をかければなんとかなるわけじゃない。なら、工夫して戦うしかないだろうが」
「そりゃそうだが……」
(まだ行くと決めたわけじゃない)
という言葉は飲みこんだ。
「なあアメリア。お前、なんでこの話を僕にしたんだ? ドラゴンにだって勝てなかったのに」
「それは私とて同じことだ。私の腕ではドラゴンを倒すだけの能力はない」
「だったら……」
「おとなしく諦めて、勇者が魔法使いをひっ捕らえてくるのを待つ、か?」
「おう……」
アメリアはため息をついた。
「ネイ様の件は置いておくにしても、お前ならできると思ったからこそ、こうして話しているのだ」
「だから、その根拠はなんなんだよ」
「ドラゴンのあの力を前にして、私たちを逃がすため一人で立ち向かったその勇気。自分の能力の中でいかに戦うか考え続けられる能力。勝てるかどうかではない。勝つためになにをするか、し続けられるかが本当の強さなのだ。そして私は、お前の中にそれを見た」
真顔でこんなことを言ってくるアメリアに、僕は正直面くらってしまった。そんな評価をされているとは、思いもよらなかった。
「あのときは必死だったし……それに、一人であのドラゴンを倒せるとは、とても思えない」
「一人ではそうだろう。一人では、な」
アメリアは僕の手を握った。
「だからこそ、仲間が必要なのだ。私にとっても、お前にとっても」
その握られた手の上に、ハヤトが自分の手のひらを乗せてきた。
「仲間は多いに越したことはない。だろ?」
「……わかったよ」
僕は観念した。
「やってやろうじゃねえか。ダンジョンの最速クリアをよ……!」




