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 そのとき僕は目をつむって集中していたのでわからなかったが、あとで聞いた話によれば、かなり不思議な光景だったらしい。


 凍っていた遺体は、段々解凍されていったのだ。


 途中、僕は魔法を切らさないよう注意しながら、回復薬を飲ませてくれと何度も要求した。そのたびに流し込まれるクソまずい味に気絶しそうになりながら、ようやく解凍されきった身体にパーツがくっつきはじめる。


 そうしてしばらくすると、唐突にぴょこんと立ち上がった。


 僕は魔法を打ち切ると、がっくりと膝をつく。疲労という言葉では言い表すことのできない倦怠感。ごく数分という短い間に、疲労と回復をすさまじいサイクルで回したのだ。身体は元気でも、脳の処理が追いつかない。


 立ち上がった当人――ガデムは、例にもれず呆然とテントの中を見回していた。


「大丈夫ですか?」


 ネイが僕の傍らに駆け寄ってきて、背中をさすってくれる。魔法によるものなのか、そこからじんわり疲れが消散していく気がした。


「ありがとう。成功してよかった」


 ガデムはハヤトとリンに迎えられ、事情を聞いているようだった。


 アメリアが大きくため息をついて、僕の前にひざまずいた。


「よくやってくれた」


「大変だったな。お互い」


 アメリアはふっと笑った。笑顔がとびきり似合う美形なのだ。意図せずドキリとしてしまう。


「お前は任務を果たした。のみならず、自らの危険を顧みず、私たちを助け出してくれた。感謝してもしきれない。よくぞネイ様を守ってくれた。ありがとう」


 そのまま首を垂れる。


 僕は頬をかいた。


「あのときはああするしかなかっただけだろ。アメリアのほうが適任だったら任せてたところだ」


「お前の判断は的確ですばやかった。私たちの装備で三階層に棲息するドラゴンと戦って生き延びられたのは奇跡に近い。私もドラゴンははじめて見たが、あれほどの強さとはな」


「ドラゴンが一階層に出るのははじめてなのか?」


 アメリアは顎に指を添えて考えこんだ。


「私が知る限りでははじめてだ。これから王宮に戻り、報告がてらその点も調べようと思っている。もちろん」


 アメリアはネイをジロリと見た。


「ネイ様もお戻りいただく」


「えぇー」


 ネイは諦めに近い声をあげた。


 話があらかた片づき、アメリアがネイを連れてテントを去ると、待ってましたといわんばかりの顔でカナタがすり寄ってきた。


「いやー、これほどとは思いませんでしたよ」


 両手をもみながら下手に出てくる。


「後援したかいがありました」


 僕はため息をついた。


「カナタさん、ネイが言ってた話の続きなんですが……」


「ああ、そうでしたね。至極単純な話ですよ。私はあなたが問題なく蘇生できるよう、いくらでも回復薬を差し上げます。それ以外の用途で使う際も、格安で提供します」


「いいね」


「ただし、その代わり、蘇生させるのは私を必ず通して行い、それによって得た報酬の八割をもらいます」


「は、八割……?」


 それはいくらなんでもぼり過ぎではないかと思ったが、すかさずカナタは口を挟んだ。


「いいですか。回復薬というのは大変高価なのですよ。それをいくらでも提供すると言っているのです。今回ガデムさんを蘇生するために使った回復薬、全部でいくらだと思いますか?」


「高い……のか?」


「高いなんてもんじゃありませんよ。金貨1000枚相当です」


「そ、それは……高い、のか?」


 物価のわからない僕には、いまいちピンとこない。


「そうですね……たとえばダンジョンに潜ったパーティーが、それなりに稼げたとして、得られるのはよくて金貨100枚といったところですね」


「げげげ」


「瞬間的な回復を求めなければもう少し安くできますが、そういうわけにもいかかったでしょう?」


「確かに……」


 僕は唸ってしまった。これの元を取ろうと思ったら、蘇生させる代金として最低でも金貨1300枚はもらわなければならないことになる。


 しかし考えようによっては、3割とはいえ普通の冒険の数倍に値する金が手に入るのだ。どうせ回復薬は大量に必要となるだろうし、悪い条件ではない気がしてきた。


 しかし僕は、そんな考えをおくびにも出さないようにしながら、いかにも悔しそうに言った。


「ネイがそう約束しちゃったなら、それで飲むしかないな……」


「そうそう、もうひとついい忘れてました」


「ほう?」


「今回のガデムさんにかかった蘇生費用ですが、ネイさん含めてとても払える金額ではないということで、カナメ君へのツケということになってますので」


 一瞬頭が真っ白になる。ツケ? ツケってなんだっけ……。


「とはいえ、カナメ君にはこれから格安で回復薬を販売するとお約束した手前、仕方ないので金貨500枚でいいですよ」


「はああああ!? それダンジョン5回クリアしなきゃダメって金額じゃん!?」


「格安ですよ。それに、もう使っちゃったじゃないですか」


「いやー……まじかー」


 天を仰ぐ僕の視界に、居心地悪そうにいる三人組が目に止まった。ハヤトにリン、そしてガデムである。僕たちの話はもちろん駄々聞こえだったろう。テントから出るタイミングを失って、ひたすら小さくなっていたのだった。


「いやぁ、そこに稼ぎ頭三人組がいるじゃないですか」


 僕は満面の笑みを浮かべながら、三人を抱えるように首に手を回した。


「ご、ごめん……」


 リンが恐ろしいほどしおらしく謝ってきたが、許す気は毛頭なかった。


「あのさ、僕たち、友達だよね? 君たちのこと、生き返らせてあげたよね?」


「はい……」


 ハヤトが小声でうなずく。


「そんな恩を仇で返すなんて、ぼかぁ悲しいなぁ。ねえ、ガデム君もそう思うだろ? ごめんね? 君なんも知らないのに巻き込んじゃって」


「い、いえ……大変申し訳なく……」


 どんどん小声になるハヤトは見たところリンとさほど変わらない子供に見えた。


「金はないのは……ほんとなんだ。金貨1枚だってないし……」


 リンはそう言うと、腰に下げていた布袋をひっくり返した。出てきたのは銀貨が数枚。


「これは、価値で言えばどのくらいなんだ?」


「銀貨1枚で、だいたい一食分くらい。銀貨100枚で金貨1枚相当になる……」


 おいおい、貧しすぎるだろ。明日食う金にも困ってるということじゃないか。


 僕の中で急速に怒りがしぼんでいった。


「なんでそんなに貧乏なのさ」


「ネイからは、なにも聞いてないの?」


 リンの問に、僕は首を傾げる。


「なにを?」


「あたしたちは、異常種っていう層跨ぎの討伐を専門でやってんの」


「ああ、それは聞いた」


「層跨ぎは、ただでさえ強力な魔物だから、必要なものも多くなって割に合わないことが多いのよ。だからほとんどのパーティーから、危険だとわかっていても無視されてる。そのせいで、たくさんの人が死ぬだろうってことがわかっててもね」


 それに、とハヤトが言葉を継いだ。


「今回みたいに倒せないってケースもある。そうすると装備だけ無駄に消耗して、稼ぎはゼロだ。最近は増えてきているから任務には事欠かないが、さすがにダンジョンの警備隊長でさえ歯が立たないやつともなると、もはやお手上げだな」


「警備隊長って、アメリアのことか」


「そうだよ。彼女はああ見えても、この国じゃ十本の指に入るくらいの腕なんだせ? まあネイ派なせいでこんな場末の警備に回されてるけどな」


「あのドラゴンをやれば、相当な金になるかな」


「なるなんてもんじゃねえよ。あんなの倒せるのはこの世界でも勇者級くらいなもんだ。どの部分を持ち帰っても高値は保証されてる。金貨1000枚どころか、10000枚は手に入るだろうぜ」


「ドラゴンの弱点はなんなんだ?」


「俺たちが知るかよ」


 ハヤトは鼻で笑った。


「見たのもはじめてなくらいだぜ。知識としては、お前とそんなに変わらん」


 そういえば、アメリアが王宮で調べ物をする、とかいってたことを思い出した。


「王宮でそういうことって調べられないのか?」


「あのな。転生者でもそうホイホイ王宮に入れるわけじゃねぇんだよ。アメリアさんに頼むか……ネイ……かなぁ」


「ずっと聞きたかったんだけど、ネイって何者なの?」


 三人は顔を見合わせた。ついでにカナタのほうも見たが、彼は楽しそうにニコニコとしているだけだった。


 三人は肘のつつきあいをしばらくしていたが、最終的にはハヤトが音をあげた。めんどくさそうに頭をかく。


「ネイは王族の人間だよ」


「ふうん……。でも、王族って魔法が使えない者がなるんだろ? ネイは魔法が使えるじゃないか」


「正確には元王族だな。生まれたときは魔法が使えなかったんだよ。それがあの年近くなって突然魔法が使えるようになったんだ。それで継承権からは外されたけど、立場が立場だけに、王族には残ってるわけ」


「まあ一度王族だったのに王族から外すってのも、混乱を生むからな」


「いや」


 とハヤトは首をふった。


「彼女は正真正銘、王様の子供なんだよ。だから魔法が使えたとしても無碍にはできないんだ」


(うわあ。めっちゃめんどくさいやつだ)


 僕は内心でネイに同情した。


「ほかの王族からしたら、さぞかし邪魔な存在だろうよ。だから彼女はあまり城に居所がないんだ。それに、彼女なりに役に立つ場所を求めてるのかもな」


「お前たちは、なんでネイと一緒にパーティー組んでるんだ?」


 三人はまた顔を見合わせた。


「だって、なあ。ほっといたら一人でも行きそうなんだもん。放っておけないだろ」


 なるほど。気持ちのいい連中だ。僕はなぜか嬉しくなった。


「そしたら、ネイに活動資金とか出してもらえばいいじゃないか」


「バカ言え。鼻つまみモンだぞ。そんな彼女に資金提供するやつが出たら、とばっちり食らうだろうが」


「私くらいなものですね」


 後ろでカナタがニコニコしている。


「まあ、そういうわけだ。俺たちもカナタさんにはいろいろ世話になってることもあって、なかなかちょっと、口を挟むのはな……。すまんが、わかってくれ」


「しょうがねえな」


 僕の意識は、すでにドラゴン退治へと向けられていた。


 どんな強敵だろうと、一階層にあいつがいる限り、倒さざるを得ないだろう。ありったけの回復薬をがぶ飲みして挑めば……。


(リスク高ぇな)


 そもそも身体が持つかどうか。


 ここにきてからというものほとんど薬漬けだ。


 いろいろ調べなければならないことが多すぎる。なにをするにしても、情報はなにより重要だ。


「ネイはどのくらいの頻度で来るんだ?」


「監視が厳しいと抜け出るのが大変みたいだけど、だいたい毎日のように来るよ」


(じゃあそのときにでも、図書館を使わせてもらえるか聞いてみるか)


「さあ英雄さん。外で群衆の皆さんが待ってますよ。ほら、ガデム君も無事をアピールしてください。くれぐれも回復屋の宣伝を忘れずにしてくださいね!」


「まったく……商売上手だよ」


「皆さんにははやく借金を返してもらわないといけないですからね!」


「はいはい」


 僕たちは人々の待つ外に、それなりに引き締めた顔で出ていったのだった。

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