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 ドラゴンは鎌首を部屋の天井付近まで持ち上げると、僕たちを品定めするように睨みつける。その喉が膨らみはじめた。中が赤色光を放っている。


「……まずいっ!」


 アメリアは剣を抜くと、ドラゴンに向かって駆け出した。


「アメリア!」


「ネイ様! どこかに隠れてください!」


 どこかといっても、広い部屋に遮蔽物のようなものはない。アメリアは飛ぶように駆け、数歩でドラゴンに接敵すると、丸太のような足に斬りかかった。


 鈍い、分厚い鉛を叩きつけたような音が室内に反響する。


「くっ!」


 アメリアは弾かれた反動で身体を回転させながら、そのままさらに一撃斬りつける。恐ろしいまでの早業だった。しかしこれも弾かれる。ドラゴンの皮膚には、傷一つついていない。


 ドラゴンは足元の存在に気がついたようだった。頭を下に向け、アメリアに狙いを定めると、ゆっくりと口を開く。その奥から、真っ赤な舌のような炎がほどばしった。


 寸前で飛び退いたアメリアだったが、床に直撃した炎は波紋のように地面を伝って広がり、またたく間に室内は炎に包まれる。部屋は真っ赤に明るくなった。ドラゴンの鼻先がアメリアを追うように動き、半瞬遅れて波打つ炎が追随する。


 アメリアは僕たちのほうへ炎がいかないよう、反対方向に逃れようとしていた。


「アメリア!」


 ネイが叫んだ。アメリアは壁に追いつめられていた。灼熱が逃げ場を失ったアメリアに容赦なく降り注ぐ。


「アメリアー!」


 炎の海から、アメリアが飛び出してきた。剣を大きく振りかぶり、切っ先を敵に向ける。


「アウカよ! 我が力となれ! 奥義! 重氷魔裂斬ギガ・アクイティア!」


 アメリアが叫ぶと、炎がけたたましい音と共に一瞬にして凍りついた。刀身が見る間に氷柱状に成長する。すさまじい暴風が室内を蹂躙する中、鋭い刃となった氷刃が、ドラゴンの眉間に突き刺さった。


 ドラゴンが聞いたことのない吠え声をあげた。咆哮と共に炎が溢れ、あらゆるところをなめる。


 天井が砕け、ドラゴンの上に巨石が次々と落下してくる中、その間をぬってアメリアが転がるように抜け出してきた。


「アメリア!」


 ネイが駆け寄ろうとするのを、ハヤトが「俺が行く」と止めた。


 アメリアの白銀の鎧は、焦げて黒ずんでいた。兜をかぶっていなければ、その顔は醜くただれていたことだろう。魔法の力によってかろうじて守られていたものの、彼女はあきらかに傷ついていた。


 一方の僕は、荒れ狂う中でようやく事態の危険性に気がついていたが、魔法を中断させるつもりはなかった。


 --あと少し。


 ハヤトを蘇生した経験から、かかる時間を逆算し、それをわずかでもはやめるよう調整する。それはコンパスをぐっと広げてから、少しずつ調節する感覚に近い。これを感覚的にやるのだ。


 ハヤトがアメリアの肩を抱いて戻ってくる最中、巨石が落ちた瓦礫が突然息を吹きかえしたかのように動き出した。


「……無念!」


 アメリアが悔しそうに言った。


 瓦礫の隙間で、赤い炎のような目がのぞく。


「私の奥義をもってしても、奴を倒すことができないとは……!」


 二人目がぴょこんと立ち上がった。僕は魔法を打ち切る。その子は--女の子だったが--ハヤトと同じように呆然としていたが、目の前に広がる光景に気がつくと、とっさになにかを掴もうと背中に手を伸ばして、ないことに唖然としていた。


 僕は全身が脱力したような疲労感に襲われた。


「え? なに……?」


 すぐ隣で疲れ切った僕を見つけた彼女は、状況が飲み込めない様子でパチクリしている。


「話はあとだ……。とにかく、ここからはやく逃げなきゃ」


 僕は彼女になんとかそういって、ネイたちのいる方向を指差した。


「リン! こっちです!」


 ネイが手を振っている。


「ちょっと。大丈夫なの!?」


 リンと呼ばれた女の子は、僕の返事を聞く前に、半ば強引に引きずるように連れ出してくれた。


 瓦礫の山が徐々に膨らみ、ガラガラと崩れはじめている。


 これでやっと全員が通路前に集まった。


 満身創痍のアメリアに、ネイが駆け寄って魔法をかけようとするのを、アメリアは押し留めた。


「時間がありません。私が時間を稼ぐ間に、おはやく」


 よろよろと立ち上がるアメリアは、なんとか剣を持っているのがやっとという状態だった。


「その状態で戦う気か?」


 僕はアメリアの背中に声をかける。


「言っただろう。お前たちには傷一つつけさせはしない、と」


「そんなこと言ってる場合か!」


 僕は、ともぞうが消滅していることに気がついた。この疲労感はきっと、枯渇した魔力を自分自身から供給したからに違いない。


 なんとか回復しなくては、逃げることすらままならない。


「ネイ。魔力回復薬をありったけ僕にくれ」


「は、はい」


 ネイが腰から魔力回復薬を三本取り出すのを奪うようにして、次々に飲み干していく。


 二本飲んだところで、これ以上飲み込めなくなった。こみ上げる嘔吐感を無理やり抑えこんで、なんとか飲み下す。


 体内で回復薬が活性化して、気力が戻ってくるのが感じられた。全身のだるさが軽減してくる。残りの一本は腰に差した。


「アメリア。お前も退け!」


「誰かが食い止めなければ、逃げ切れない!」


 僕はアメリアの肩に手をかけると、ぐいっと引いた。驚くほど抵抗なく、彼女は僕の腕の中に倒れこんできた。


「なっ……!」


「それはお前じゃない。僕がやる」


 光が戻ってくる。ともぞうが形を取りはじめている。


 僕はアメリアを後ろにほおると、こちらを見つめる全員に、「僕もそれほど長くは保たない。行け!」と大声をはりあげた。


「で、でも……」


 ネイがまだなにか言いたげにもじもじしている。


「はやく行け! 時間がない!」


 ハヤトとリンは、僕を知らないこともあって切り替えがはやかった。


「行こう、皆」


 リンはよろめくアメリアを抱え、ネイとハヤトがまだ蘇生されていないもう一人の身体を持ち上げる。


 カイが先導して先を歩く中、ハヤトが僕のほうを振り返っていった。


「おい! 同じ転生者同士、あとで話したいことがいくらでもあるんだから、死ぬなよ!」


 僕は片手をあげて皆を見送ると、瓦礫から頭を持ち上げるドラゴンに向き直った。


「初見プレイでしょっぱなドラゴン相手とは、なかなかのハードモードだよ、まったく」


 ドラゴンが全身を身震いすると、瓦礫の山がはじけて、ドラゴンの上半身までがあらわとなった。


(通路に向かって火を吹かれたら一発で全滅だ)


 僕はドラゴンの顔をにらみつけながら、ゆっくりと通路から壁際のほうへと移動する。相手の口元からは、チラチラと炎が蛇の舌のように出入りしているのがみえる。いつ吹きかけられてもおかしくない。


 少なくとも、通路途中にあった機械を超えてくれさえすれば、直接炎にあぶられることはないだろう。


 あそこまでの距離はそれほど長くなかったと記憶しているが、数分は時間を稼がなければならない。


 僕はできるかぎり集中してドラゴンの動きを観察した。アメリアが数回斬りつけていたようだが、額付近にわずかな切れ込みがあるくらいで、傷らしい傷はみられない。


(相当頑丈なやつのようだな……)


 この世界のドラゴンがどれほど強大な存在なのかを知らないことで、危険度は跳ね上がっている。


 強さもわからない。弱点もわからない。


 わからない尽くしの中では、攻略することは不可能に近い。


(勝とうと思うな。時間を稼ぐだけでいいんだ)


 僕は内心そう念じた。見たところ知能指数はさほど高そうでないところが唯一の救いだった。これで頭もよかったら、とっくに全員おだぶつしている。


 ドラゴンの喉元が赤く膨らみ、せり上がってくる。


 僕は身構えた。


「時任要の名において命ずる……」


 ドラゴンが口を開く。と、同時に、その喉奥から赤銅色の炎が噴出された。


「時よ、止まれ!」

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