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さらに進むと、広場に出た。暗く沈んだ空間を見て、僕は見覚えがあることに気がついた。
「ここだ」
当初感じていた腐敗臭はなくなり、むしろ冷たい、鋭さを感じる無臭がする。
遺体はまだあったが、床を埋めていた血溜まりはすっかりなくなっている。
「あった……よかった……」
ネイが安堵のため息をつく。
「まずは遺体を集めるんだ。ずっとその場にあると、ダンジョンに飲みこまれる」
そこで僕たちは手分けして遺体を壁沿いまで運んでいった。
暗がりのおかげで、遺体の損壊具合はほとんどわからない。これには大いに助けられた。遺体なんて見慣れていない僕がボロボロの姿を見たら、とても正視できないだろうから。
「ネイ様、人数は足りていますか?」
ネイは一人ひとりを確認していく。
「はい。三人……ちゃんと全員います」
よし、とアメリアは言ったあと、僕の肩をたたいた。
「お前の出番だ」
「お、おう」
さて、ここからが本番だ。
僕は遺体の一人の前でひざまずくと、手で触れた。
範囲は身体全体。戻す時間は、少なくとも数時間前になる。
(あの機械を倒した加速度と比べればいけるはずだ。問題は、魔力がどれほど持つかどうか)
最悪二人でも蘇生できれば、残りの一人はみんなで持ち帰ることもできる。
(この遺体には悪いが、テストベッドとしての被験者になってもらおう)
ともぞうがどこからともかく現れて、「ニャア」と鳴く。
--いくぞ。
「時任要の名において命ずる。時よ、戻れ」
遺体全体が光に包まれる。僕は魔力の流れに集中した。
ともぞうから、大量の水のような魔力が流れこんでくるのがわかる。全身が水浸しのようになり、それが腕に集中していき、手のひらから放出されて光となっている感じだ。
戻る時間の速度は感覚的なものだ。これはいってみれば、流しこむ魔力量の蛇口をしめるような感覚だ。チョロチョロからはじめて、少しずつ量を増やしていく。
すると、まるで動画を逆再生するかのような光景が起こった。
地面から染み出してきた体液が身体に戻っていく。それに伴い、損壊していたところがくっついていく。
僕自身はとてもじゃないが、その様子をまじまじと見ていられなかった。顔をそむけ、チラッチラッと見て様子を確かめる。
時々唐突に訪れる吐き気と戦いながら見守っていると、それなりに固まってきたなと思った瞬間、遺体がぴょこんと立ち上がった。
僕は心臓が飛び出るほど驚いて、思わず魔法を解除してしまった。
すると起き上がった遺体は、もはや遺体ではなくなっていた。
「……あ?」
男は唖然としたまま立ち尽くして、周囲をキョロキョロとする。
「ハヤト!」
ネイが喜びの声をあげた。
「……ネイ? これは……なんだ? どういうことだ?」
その様子をみていたアメリアが目を丸くしている。
「本当に蘇生できたのか……」
「そせい?」
ハヤトは混乱している様子で、僕とアメリアを見比べた。
「君たちは……?」
僕は立ち上がると、片手をハヤトに伸ばしながらいった。
「僕は時任要。全滅した君たちを救援にきたんだ」
「全滅……?」
ハヤトは差し出された僕の手を機械的に握手して返すと、まだボケているのか、周囲をしきりに見回している。
「ほかのみんなは?」
「隣にいる」
ハヤトは隣に転がっている二人の遺体を見つけて、凍りついた。
「大丈夫だ。これから蘇生するから」
「そせいって……生き返らせるのか? 俺も……死んでた? 俺はここで……魔物と戦ってたんだ……」
「記憶が混乱しているようだな」
アメリアが気遣うような声でいった。
ネイがハヤトを座らせて、水筒の水を飲ませた。
「もう心配ありません。みんなで一緒にここを出ましょう」
僕は次の遺体に取りかかった。同じように手で触れて、意識を集中させる。
「時任要の名において命ずる。時よ、戻れ」
遺体が光りはじめるのを、ハヤトが興味深そうに覗いている。
「君は……日本人?」
ふいにハヤトがいってきたので、思わず魔法の維持を忘れそうになった。
「そ、そうだけど……」
集中しながら会話するのは難しい。
「俺もそうだ。俺は佐藤隼人。みんなからはハヤトって呼ばれてる」
「まじか……」
本来なら驚くべきことだろうが、集中力のほとんどを魔法に取られていたことで、ハヤトの言葉はほとんど耳から抜けていた。なんとなく、すごいことだということを思った程度で、それ以上の感情が起こらなかった。それだけ魔法の維持には集中力が必要なのだ。
またも見たくない光景が展開されつつある中、アメリアが不意に僕の肩に手をおいて、耳打ちしてきた。
「まずいことになった。すぐに移動したい」
「……は?」
その言葉も意味を了解する前に耳を抜けていった。今僕の目の前では、肉体が再構成されつつある。移動する? どういうことだ?
「……敵が近づいてきている。おそらく、危険なやつだ」
切迫した声だったが、僕は「うん」と返しただけだった。
「ネイ様、それとハヤト殿。ここは危険です。移動しましょう」
「まさか、例の魔物が?」
「おそらく」
ハヤトは二人の顔を交互にみた。
「例の魔物?」
「私たちが全滅したあの魔物より、もっと危険かもしれない存在です」
ネイが色を失った声で言った。
「おいおい。それってやばいじゃん」
「アメリア。でも、カナメが……」
アメリアは僕を一瞥した。
「彼は今魔法酔いの状態になっていて、判断力がありません。本当は魔法を止めたいところですが……」
組み上がりつつある遺体を見て、アメリアはため息をついた。
「彼の魔法がどのようなものなのかわからない以上、途中で止めさせると蘇生に影響を及ぼすかもしれません。お二人はいつでも移動できるよう、通路脇で待機してください」
「でも、まだもうひとり……ガデムがまだ……」
「それは出口まで持っていきます。カナメ殿の蘇生がうまくいけば、一人くらいならなんとか抱えていけるでしょう」
「あなたは」
「……私は、時間を稼ぎます」
部屋の向こう側で、地響きのような音がした。
それがこちらの気配を察したかのように、急速に近づいてくる。
並の音ではない。連続で爆発しているかのような音だ。
「さあ、はやく!」
アメリアの声に急き立てられて、ネイとハヤトは手つかずの遺体--カデスとかいう奴らしいが--を抱えて、通路のほうへ移動を開始した。
と、そのとき、反対側の暗がりにあった通路が、爆音と共に砕け散った。そこから、通路よりはるかに巨大な化け物が、肩で石を粉砕しながら飛び出してきた。
「馬鹿な。ありえん。一階層だぞ、ここは」
アメリアは絶望的な声をあげた。
「こいつは……ドラゴンだ」




