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僕たちがダンジョンの入り口に到着すると、撤退してきたパーティーとすれちがった。
「どうした?」
僕が声をかけると、息を切らせた一人がなにかを言おうとして倒れた。
すごい傷だ。
革鎧の胸板が裂け、外れかかっている。出血がひどい。
「すぐに回復します!」
「いや、ダメだ」
今にも飛びつきそうなネイを、僕は抑えこんだ。ネイはほとんど反射的に僕の頬を叩いた。僕はぐっとこらえた。
「なぜです!?」
「ここまで逃げてきたなら、ほかに回復する奴はいるだろう。僕たちは元凶を潰すことを優先するべきだ」
「同感だ」
アメリアは厳しい目をダンジョンに向けながら言った。
「中で恐ろしいことが起こっているのは間違いない。まずはそいつを倒さなければ、被害が拡大してしまう」
「で、でも……」
おろおろするネイの前に、僕は屈んでネイと視線と合わせた。
「ネイ。君の気持ちはわかる。僕も助けたい。でも、まずは一番大事なことからやるべきなんだ。僕たちは君の仲間を助けにいく。ただその障害となる化け物が中にいる。おそらくそいつを倒さない限り、仲間を助け出すことはできない。わかるか?」
「そ、それは……」
「今ここで時間を食ったら、仲間を助けることができなくなる。僕たちにしかできないことをまずやるべきなんだ」
「私たちにしか、できないこと……」
「そうだ」
僕はネイを立たせた。
先程倒れたパーティーは、商店からわらわらと出てきた人たちに運ばれようしている。
「行くぞ。時間が惜しい」
「は、はい……」
納得しているのかしていないのか、あいまいにネイはうなずきながら、僕たちのあとに続いた。
「アメリア、どう思う?」
僕はアメリアに近づくとたずねた。
「はっきりしたことは言えないが……」
アメリアはにごしながら言う。
「あの鎧の裂かれ方、刃物によるものではないな。尋常でない力で引っかかれたと言うほうが正確だろう。だとすると、相当の大型だ」
だとすると、通路に誘いこむのが有効だろうか。
「……アメリア。弓を持っていこう」
「これではダメか?」
アメリアはマントをまくった。腰のところに、クロスボウが下がっている。
僕はニヤリと笑った。
「準備のいいやつだ」
「ダンジョンに潜るなら、不測の事態に備えるのは常識だ」
「もののついでに聞くが、お前のその鎧……敵の攻撃に耐えられると思うか?」
アメリアは自身をおおう白銀の鎧をなでた。
「これは魔法のかかった特注品だ。そこいらのものと同じとは思わないでもらおう」
「念のための話なんだが、もしあの傷を負わせたやつと会ったとして、お前なら倒せるか?」
アメリアは片眉をあげた。
「私の腕が心配か?」
「ああ。心配だね。なにせ命がかかっているからな」
確かに、とアメリアは微笑んだ。
「安心しろ。どんな相手だったとしても、ネイ様とお前には傷ひとつつけさせん」
アメリアはその立ちふるまいからしても、ただものでないことはわかる。立場的にも、相当な実力者であることは間違いない。
「僕に戦闘能力は期待しないでほしい。あと、ネイ……様も、戦闘向きではないだろうな」
「当然だ。ネイ様は回復役に徹してもらう」
「現場までの案内には、ネイの使い魔を使う。ネイ、お前、あの犬に乗らなくてもついてこられるか?」
「大丈夫だと、思います」
ネイの使い魔--カイは、僕たちの話を聞いていたのか、さっさと先頭に立った。
「次はアメリア、その次にネイ。最後尾に僕だ」
僕たちはダンジョンに突入した。
カイはよどみない足取りで進むが、入って早々に僕は異様な雰囲気に鳥肌がたった。
(最初にいたダンジョンとは、全然違う)
石造りの壁面も、腐敗臭のする匂いも同じだったが、大気は違っていた。異常な緊張感に満ちていたのだ。
素人の僕にも伝わる気配だ。アメリアはもちろん、ネイもこれは感じ取っていた。
アメリアは無言で剣を抜き、ネイは杖を両手でにぎりしめている。
僕は特になにも武器はなかったが、持っていたところで使いこなせるとは思えない。むしろ『なにもしません』と宣言しているような清々しさすらあった。
(魔力の残量が数値でわからないのが難しいところだな)
魔法を何回使えるのかが曖昧なのは危険だ。もしものとき魔力切れになったらシャレにならない。
しかし使っていて思ったが、感覚的には「どのくらいかかりそうか」という目安がだいたいわかるのだ。もちろんアバウトな推量にすぎないので、正確に「残魔力1まで使い切った!」というような感じではない。
魔法そのものもかなりアバウトな感じで、そのときの気持ちや感情にかなり支配される印象だった。
あの機械と戦ったときのことを思い返してみると、僕は「加速」とはいったが、加速魔法をどのくらいの範囲にかけるかも、どのくらい加速するかも明確に指定していたわけではない。ただ感覚的に、『あのへんを加速したい』とか、『とんでもなく早いしたい』とかその程度のものだ。極大範囲で超加速をすれば、当然消費する魔力も多くなるだろう。ただ、だろうな、という感覚としてしかわからない。どのくらいがギリギリのラインなのかはいずれ調べたいとは思っているものの、そもそも使い魔の貯蓄している魔力が多いのか少ないのか--容量がどのくらいあって、どのくらいまで貯められるのか--すらわからないとなると、自分の限界をどこに持っていけばいいのか、そこから考えなければいけない。
これはなかなかのハードモードだ。
僕のゲーム的な知識を活かそうと思えば、数値は絶対条件といってもいい。
あいまいでは計画を立てるのが難しくなるし、相手の強さを推し量るバロメーターもないということになる。
僕は頭をふった。
(ここは異世界だ。ゲーム世界ではない。この世界に適応するんだ。僕ならきっとできる)
前世でできなかったからといって、この世界でもできないとは限らない。せっかく新しい人生を得たのだ。いつもと違う考えでいったほうが、うまくいくかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、前が止まっていたことに気がつかず、ネイの背中に思い切りぶつかってしまった。そのまま激しくもみあって転倒する。
僕は顔面から倒れかかったネイをかばおうと、変な角度で床に手をついてしまった。
ボキリという音まではしなかったが、自分としても「あ、やっちゃったな」感ありありなゴリゴリ系な手首のねじれ。
直後の激痛に僕は悶絶した。
「馬鹿か。なにをしている」
見かねたアメリアが僕の腕をつかんだ。
「……折れてるな。これは」
でしょうね、と脳内の一部の冷静などこかが返事をする。
「私にまかせて」
ネイが僕の手を取ると、両手で手首を覆った。
「癒やしの神メタティネスよ。古き盟約に従い、我が願いを叶えたまえ。この者を癒やしたまえ」
青白い光で手首が包まれる。
段々と痛みが--痛みが、痛くなってくる。
「え? え? い、痛いっ。いてててて。やばいやばい。ちょっと!? ネイさん!? 痛いんですけど!」
どんどん痛みが激しくなる。なんだこれは。癒やしなんじゃないのか!?
「がんばってください!」
ネイがはげます。いやはげますじゃないだろ。
ゴキゴキっと人体から絶対に出てはいけないような音が手首からしてくる。なんだこれは。僕はゾンビ化でもしてしまうのか。
ちぎれんばかりの激痛がすぎると、今度は激しいかゆみが襲ってきた。それはすぐに消えた。
「……あれ?」
痛みはすっかりひいていた。
手首も問題なくうごく。
「これが回復魔法か……すごい」
ネイはほめられた犬のような顔をした。それを見てほっこりする僕の頭上に、アメリアの拳がふってきた。
「大馬鹿者め。ネイ様の貴重な魔力をこんなところで消費させるな」
「は、はい。確かに……」
これからどんな敵と会うのかもわからないのに、もしものとき魔力が切れてしまったら大事だ。
今はネイの使い魔だけが目的地を知っている。万が一消えてしまってはまずい。
それにしても、この世界の回復系は、魔法にせよ薬にせよ、どうしてこれほど痛いのか。時間がないならともかく、普通の怪我くらいなら自然治癒を待ったほうが気が楽ですらある。
「急ぐぞ」
アメリアが再び先頭に立つ。
カイは黙々と先導するが、どの道に入っても見覚えがない。
しかし通路を進むと、ふと見覚えのあるものが見えた。
巨大な機械が通路を塞いでいたのだ。
「あ、これ……倒したやつだ」
アメリアが不審そうにこちらを見た。
「こいつを? お前が?」
「パーティーを全滅させられて、追いかけられているところをカナメさんに助けられたんです」
「なんと……」
アメリアは壊れた機械をまじまじと見つめる。
「すさまじいな……」
僕は気恥ずかしさを覚えながら、機械を横切ろうとして、ふと違和感に気づいた。
「あれ。パーツがほとんどない」
下半身部分がまるまる消失している。失われたパーツの断面は、破壊されたというよりはなめらかな断面だった。
「ダンジョンに飲みこまれているんだ」
「こ、こんなのもダンジョンに取りこまれるのか」
改めてこのダンジョンという産物のおかしさを味わった気分だった。
「この感じからすると、パーティーが残っているかどうかは五分五分か……」
ネイがゴクリと喉をならすのがわかった。
「でも、不思議だな。僕たちは帰るとき、こいつをくぐって行った先に全滅した部屋があったのに、普通なら部屋が先になきゃおかしくないか?」
「それがこのダンジョンのおかしなところだ。配置が変わってしまったんだ」
(これじゃあ、マッピングどころの問題じゃないな)
それでもなんの迷いもなく僕たちを導いてくれる使い魔という存在も、やはり普通じゃないのだろう。




