3
「どうだった」
アメリアはにやつきながら僕にたずねた。
なるほど、中でなにが起こるか知っていたから、僕にむかって気持ち悪い笑みを浮かべていたのか。
「死ぬかと思った」
「でも、無事に回復できてよかったですね」
ネイがうれしそうにいった。
「かなりの劇薬なので、本当に死んじゃう人もいるみたいですし」
僕は飲みかけていた飲み物を思い切り吹き出した。
アメリアは達人級の速度でネイと料理を隣の机に移動させていて、僕の砲撃をくらわずにすんだ。
取り残された僕は、気まずい気持ちで席を移動した。
「念のため、魔力回復薬の小瓶をいくつか買いました」
ネイはマントをぺろりとめくり、腰に下げた瓶をみせた。僕はマントからのぞく太ももをみないよう努めながら、小瓶の味を想像して血の気がひくのを感じた。
「それって、飲むのは僕になるんだよね」
「大丈夫ですよ。携帯用のかなり希釈しているものなので、回復量はだいぶ落ちますが、悶絶するようなことはないと思います」
「そ、それはよかった……のか?」
「おい。それより、さっさと食べろ。腹ごしらえが終わったらすぐに出発する」
「あっはい」
僕は慌てて肉にフォークを突き立てて口に運ぶ。
(うまっ)
考えてみれば、この世界に来てからはじめての食事だった。
あっという間に平らげてから、使われている肉にがなんの肉なのかという考えがよぎったが、気にしないことにした。
「それで、どういう計画でいくんだ」
「うむ」
アメリアは紅茶のような色味の飲み物をすすった。
「ここからはスピード勝負になる。お前はこのダンジョンの仕組みをまだ知らないだろうから、手短に話す」
彼女曰く、こういうことだった。
ダンジョンは洞窟とは違い、魔法使いがその魔力によって作り出した人工物だ。
「ダンジョンを迷宮と考えるな。生き物の体内だと思え」
アメリアは真剣な顔でいった。
ダンジョン内は常に新陳代謝を繰り返しているのだという。そのため破壊されたり死んだものも、ダンジョンに飲み込まれて消滅する。ネイが焦っていた理由はここにあった。
それだけではない。ダンジョンは少しずつ構造を変える。通路だったところが行き止まりになったり、行き止まりが分かれ道になったりと、変化の法則性はみつかっていない。一週間もすれば、まったく別の迷路になってしまっているのだ。
「ダンジョンには階層があり、それぞれの階層によって生み出される魔力の種類が異なる。だから、階層によって出てくる魔物の種類はある程度特定できるんだ」
しかし、とアメリアは続けた。
「中には階層を超えてくる奴がいる。そういう奴は危険だ。ダンジョンからの魔力供給がなくても自立できるだけのものを内部に蓄えているからな」
それが異常体と呼ばれる、特に強力な魔物だった。
「それを倒していたのが、私たちなの」
ネイが言った。
「最近、その頻度も増えてきていてな。ギルドも対応策を協議中なのだそうだ」
「その間は自警団がなんとかするしかないって、そういうことか」
「そうだ」
アメリアはうなずいた。
「ネイ様の討伐隊は、一階層における最大の組織だった。それが壊滅したとなると、ギルドにとっても、国にとっても痛手だ。それを立て直したとなれば、お前の立場も変わろう」
僕の口角が心なしか上がった。
「ふっ。いいだろう。僕の実力を見せるときがきたな」
前の世界ではタイムアタックの実力者だったのだ。
ダンジョン攻略のスピードラン。しかも死ねばそれで終わりという制限プレイだ。
そそるじぇねぇか。
「ネイ様はこちらでお待ちください」
「……え?」
ネイは一瞬キョトンとしたあと、顔を真っ赤にした。
「いやです! 一緒に行きます!」
「ダメです」
「ダメじゃありません!」
「ダメです」
こんな押し問答をはじめてしまったので、慌てて僕は間にはいった。
「おい! もめるな!」
アメリアはため息をついて、前髪をはらった。
「ネイ様。貴方様には危険のないところにいていただく。ダンジョン内で求められるのは速度です。私ならば、自分とこやつの安全くらいは守れます。貴方様の持つ回復魔法は必要ありません」
「私だって、できることはあります! ここで待てなどと、お……一族の末席にいる者として、容認できません!」
「まあ、待て待て。ここでもめたってしょうがないだろう。アメリア、お前には悪いけど、彼女は連れて行く」
「なっ……!」
アメリアがにらみつけてくるのを僕は無視した。
「僕がダンジョンを出るとき、ネイの使い魔が道を覚えていたから無事に出られたんだ。逆も同じ。ネイの使い魔がいれば、全滅したところまで行ける。そうだろ?」
ネイの顔がパッと明るくなった。
「は、はい。そうです!」
「しかし、ダンジョンの構成が変わっていては……」
「カイは匂いで覚えているので、道が変わっても大丈夫です!」
「な? 速さが大事なのは確かにそうだ。だったら、だからこそネイの使い魔はスピードランに欠かせない存在になる」
「……スピードラン?」
やべ。ついうっかり言ってしまった。
「ともかく、彼女を連れて行く。文句はないな?」
アメリアは腕を組んで、僕とネイを見比べると、僕に指をつきつけた。
「わかった。お前の言う通りだ。だが、ひとつだけ言っておくことがある」
「……なんだ?」
「ネ・イ・様、だ」
「は、はい」
「アメリア。私は別に……」
「いいえ。ここはしっかりしないといけません。ネイ様、貴方様はそれだから……」
言いかけて、アメリアはハッと口を押さえた。ネイの顔色を伺うと、バツが悪そうにうつむいている。
ここはいっちょ、僕が一肌ぬいで--。
と、そのときギルドのドアが荒々しく叩き開けられた。
「た、大変だ! 一階層に異常体が出て、潜ってたパーティーが追い詰めてられいる! 誰か助けにきてくれ!」
異常体!
僕たちは顔を見合わせた。ネイの瞳を見て、アメリアに焦りの色が出た。
「まさかとは思いますが……」
ネイはすでに立ち上がっていた。
「そこの人! 私たちが行きます!」
アメリアは頭を抱えた。飛びこんできた人が、歓喜の顔で喜んでいる。
「これだから……」
「盛り上がったきたじゃねぇか。ここはいっちょ、人助けと行くか」
僕は立ち上がると、ギルドを出たのだった。




