目隠し令嬢とナルシスト貴公子
わたしことシシリー・アルトワーズにはとある特徴がある。
どんな特徴かって?
それはね、瞳が真っ黒なの。それも光彩から瞳孔まで。それこそ闇のように。
「まるで目に穴が空いているみたい。気味が悪い」
幼い頃からそう言われ続けていた。いつも人々に遠巻きにされながらも、好奇の目を向けられていた。
そんな視線に耐えられず、いつからかわたしは俯きがちになり、今では前髪を伸ばして瞳を完全に隠している。
家族には「そんなこと気にしなくていいのに」などと言われるが、当人にしてはたまったものではない。
当然人前に出るのは得意ではない。友人は限りなくゼロに近い。
そんなわたしが、なぜ天井に大きなシャンデリア輝き、辺りにはきらびやかなドレスを着た人々が行きかい、贅を尽くした料理のずらりと並ぶ大広間にいるのかというと――
「姉さん、この鴨のローストめちゃくちゃうまいよ。さすがエストロア家のパーティだね。姉さんも食べる? 食べるなら取ってくるけど」
「ちょっとライエス、はしゃぎすぎ。ほどほどにしておきなさい。わたし達はお父様とお母様の代理で来ているんだから。アルトワーズ家の名に恥じるような行動は控えてちょうだい」
弟のライエス・アルトワーズが「ちぇっ、わかったよ」などと伯爵家の長男らしからぬ美しくない口調で不満を述べる。ちなみに彼の瞳はごく正常なとび色だ。
「それにあなたには婚約者が待っているでしょう? ちゃんとエスコートしないと駄目じゃない」
「はいはい、わかりましたよっと。でも、姉さんも少しは楽しんだ方がいいよ」
ライエスが近くの使用人の持つトレイからワイングラスを取り上げると、わたしに押し付けてウインクして去っていった。
壁際で所在なさそうにしていた金髪の伯爵令嬢は、ライエスの姿をみとめてぱっとブルーの瞳を輝かせた。
あーあ、わたしもあんなに綺麗な瞳に産まれたかったなあ……。
その時、少し離れたところで囁く声がした。
「あら、目隠し令嬢様よ……!」
目隠し令嬢――それがいつの間にかわたしにつけられたあだ名だった。
声の主は、確か我が家と同じ伯爵家のご令嬢。ミレニア嬢だ。
囁いたつもりでもばればれだ。彼女はわたしをからかって楽しんでいるのだ。昔からそう。
「目隠し令嬢?」
ミレニア嬢の隣で声がした。
見れば、そこにいたのは一人の若い男性。しかし、ただの男性ではないことはすぐにわかった。
すらりとした立ち姿。溢れる気品。烏の濡れ羽色のような艶めいた長髪を、うなじのあたりで縛っている。
切れ長の目から覗く瞳は鮮やかなグリーン。恐ろしく整った容貌は、男性に対してふさわしくないかもしれないが、まさに「美しい」という言葉が似合う人物だった。
思わず分厚い前髪の下から見とれていると、男性はこちらに向かってきた。と、思ったら丁寧にお辞儀を披露する。
「レディ、お初にお目にかかります。私はこのエストロア家の長男、ギルベルトと申します。以後お見知り置きを」
人付き合いの苦手なわたしでも、その男性の名は聞き及んでいる。
その美貌で社交界の女性の視線を一心に集めるエストロイア家の至宝。ギルベルト。
またの名を
【ナルシスト貴公子】
なんでも1日1時間は鏡で自分の顔を眺めては悦に入っているとかいないとか。
数多の女性からのアプローチもなんのその。ひたすら自分磨きを続けるという、女性顔負けの筋金入りナルシストだとの噂もある。
「わたしはシシリー・アルトワーズと申します。このような素敵なパーティにお招き頂きありがとうございます」
簡単な挨拶を終えると、ギルベルト様は言いづらそうに口を開く。
「顔を合わせたばかりで大変不躾な質問なのですが、どうしてそのように顔を隠していらっしゃるので?」
人というものは不思議なもので、隠していない時には邪険にするくせに、隠していると見たがるものなのだ。
この男性もその例に漏れず、わたしの素顔に興味を持ったのだろうか。
まあいい。こんなことは今までに何度もあった。その度に「気味が悪い」などと言われ、離れてゆく人々も大勢いた。今更なにを躊躇おう。
「それは、わたしの瞳がこのようになっているからです」
片手で右目の上に掛かった前髪をひと束すくい上げると、その下の瞳が露わになる。
その瞬間、ギルベルト様は言葉を失ったように目を見開いた。
きっとこの人もわたしの目の異様さに、ショックを受けているのだろう。
もう十分だろうと前髪を下ろそうとしたその時
「……美しい!」
ギルベルト様の口からそんな言葉が漏れた。
「え?」
「なんて美しい瞳なんでしょう。まるでジェットのように漆黒で、水晶のように輝いている……! こんな美しい瞳は初めてだ」
わたしの瞳が褒められている……? え、なに、こんなの初めて……。
ギルベルト様は、私の瞳に見入っている。
と、突然その場に跪いた。
「シシリー嬢、私と結婚を前提にお付き合いしてくださいませんでしょうか?」
その場が一瞬ざわついた。ミレニア嬢も口をぽかーんと開けてまったく事情が分からないといった様子で立ち尽くしている。
わたしも同じ気持ちだった。どうしてこうなったと問いたい。いや、問おう。
「あ、あの、ギルベルト様、あまりにも突然すぎて思考がついていきません。どうしてわたしなのでしょうか?」
ギルベルト様は立ち上がると、わたしの瞳をまじまじと覗き込んだ。
「シシリー嬢。あなたのその瞳。漆黒ゆえに、私の映る姿がよく見える」
「は? と、言いますと?」
「あなたのその特殊な瞳に映る私が、最も美しく見えるからです」
「うん……? それは私の瞳に映るギルベルト様が美しいから結婚したい……ということでしょうか?」
「その通りです! ああ、シシリー嬢。これからもその瞳に私の美しい姿を映し続けてください!」
速攻でお断りした。